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―日本新秩序へ― 松田まなぶの国力倍増論

第11回 トランプ政権誕生を日本のチャンスに

松田政策研究所代表 東京大学大学院客員教授 前衆議院議員 松田 まなぶ

 民主主義は危機なのだろうか? 最近、インテリ層の間では、英国EU離脱、トランプ勝利など欧米の政治で生じている事態を懸念する議論が盛んだ。だが、人々が信じるデモクラシーとは、そもそもデモス(民衆)によるクラシー(支配)であって、理性による支配ではない。ポピュリズムを嘆く前に、広く民衆に夢を与えられなかった各国の「エリート」たちの失敗をこそ反省すべきだろう。

世界経済の政治的トリレンマ

 トリレンマという言葉がある。3つの望ましい状態のうち2つまでは成り立っても、3つが同時に実現することは困難だという意味だ。有名なのは、①自由な資本移動、②為替相場の安定、③独立した金融政策、の3つは同時に成り立たないとする「国際金融のトリレンマ」だが、もう一つ、「世界経済の政治的トリレンマ」とされる法則がある。(1)グローバリゼーション、(2)国家主権、(3)民主主義、の3つは同時に成り立たないとするものだ。

 中国は、(1)のグローバリゼーションの波に乗って経済発展し、(2)の国家主権は最近ますます出張っているが、(3)の民主主義はバツである。EU諸国では、(2)の国家主権をEUに譲り渡し、(1)のグローバリゼーションを進めてきたが、これが(3)の健全な民主主義の基礎である中間層の意識を変え、それが国民投票の結果、EU離脱の形で(2)の国家主権を取り戻すとともに、(1)のグローバリゼーション(特にヒトの移動)に歯止めをかける動きとなって現われたのがブレグジットだった。米国でも同じように、グローバリゼーションが中間層の崩壊を促し、「アメリカ・ファースト」の国家主権(国益)重視と、TPP脱退など反グローバリゼーションの動きに至ったのがトランプ大統領の誕生だった。

 (3)の民主主義で大事なのは、健全な中間層だ。各国に問われるべき政治のチャレンジとは、右のトリレンマの解消であり、そのポイントは中間層に夢を創り出すことである。政治が掲げてきた、誰もが反対しない建前が「自由、平等、博愛」だとすれば、現実には、「自由」は格差と所得低迷を、「平等」は米国では行き過ぎたポリティカル・コレクトネスと相まって逆差別と不自由を、「博愛」は移民による混乱と社会不安をもたらした。これが建前を唱えるエリート層に対する中間層からの本音レベルでの反逆につながった。

 その経済的な背景には、リーマンショック後、先進各国の成長が停滞して中低所得層に分配されるパイが十分に増えていないことがある。

パクスアメリカーナの終焉

 では、金融市場を高金利局面に転換させるほど熱狂をもたらしたトランプの経済政策は、中間層を復活させるマクロ的な効果が期待できるのか。

 まず、そこには減税にせよ歳出拡大にせよ、日本の国会とは比較にならない強い権限を持つ米議会の制約がある。対外政策なら大統領権限で可能だが、ここにも本質的な制約がある。それは、TPP脱退が象徴するような、多国間ルールや世界システムを軽視した国益追求パターンであり、これまでの世界経済との拡大均衡的な良循環とは一線を画したゼロサム的な発想だ。

 これを象徴するように、トランプ氏は貿易赤字をロス(損失)と表現する。これでは米国は、国際収支の赤字で世界に流動性を供給する基軸通貨国としての特権と責務まで放擲することになる。自国経済への信認さえ維持すれば、基軸通貨国は国際収支の赤字を伴ってこそ高い成長を実現できる。開放経済は「双子の赤字」を拡大したレーガノミクスがそうだったように、本来、トランプノミクスが成功するためのマクロ的な条件なのである。

 ただ、このようなトランプ大統領の誕生は日本のチャンスかもしれない。一九一七年、理想主義を掲げたウィルソン大統領の米国は、それまでの不介入主義を転換して第一次大戦に参戦した。

 以後、百年にわたって続いたパクスアメリーナは、二〇一七年の本年、狭い国益を唱えるトランプのもと、米国が自由、民主主義、基本的人権などの人類普遍の価値を世界に唱道するウィルソニアン的米国ではなくなることにより、終焉する。

規範の先導者としての日本

 では、米国に代わって国際秩序を唱道する国はあるのだろうか。かつて第一次安倍政権の日本は「価値観外交」を唱えた。それは「普遍的価値(自由主義、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済)に基づく外交」だ。そして「自由と繁栄の弧」が唱えられ、それは中国包囲網だとも言われた。

 しかし、「戦後レジームからの決別」すら言わなくなった第二次安倍政権は違う。安倍外交は価値観外交を捨て、勢力均衡と現実主義が基本となった。ただ、それは価値観外交の部分は米国が代行するとの期待が前提である。

 確かにオバマは価値観を提唱した。しかし、パワーを伴わなかった。トランプは価値観外交を捨て、パワーを取り戻すとしており、今のところ中国には厳しいが、相対的な米国パワーが低下していく中で、米外交が自国第一の現実主義になるのは、日本の外交基盤を不安定にする。日本は自ら、トランプを説得しながら価値観外交もせざるを得なくなる。その際、今般の日米首脳会談でも確認された安倍総理との個人的な信頼関係は、世界全体にとっても貴重な財産になる。それは日本の外交力を倍増させるだろう。

 ここで問われるのは、これまで米国との協調で発揮してきたルール形成やアジェンダ設定での指導力を、日本が自ら主体的に行使できるかどうかだろう。それは日本が、世界の経済システムを先導し、「なるほど、日本だ」と見られる国になり、世界かくあるべしとの「規範の先導者としての日本」になることを意味する。

 ただ、大事なのは、元は欧米が生み出した「普遍的価値」だけでなく、この際、そこに日本らしい何かを加えた新しい価値を普遍化する営みではないか。日本の国民性は特定の理念を押し付ける「宣教師」ではない。一人一人の国民の営みがクールとして自然に受け容れられる形での国際的影響力こそが日本の強みだ。日本は、従来型の覇権国とは大きく異なる、新たなタイプの大国となる。

 ある中国の方から、中国は途上国でのインフラ整備で色々な問題を起こしている、日本の知恵に学びたいと言われたが、筆者は日本の国民性は「共に働き、共に分かち合う」、一朝一夕に真似できるものではないとお答えした。一帯一路、AIIBなど、ユーラシア大陸や周辺海域での覇権強化に動く中国を前に、日本は「質の高いインフラパートナーシップ」を打ち出している。そしてG7の場で、現地の民生向上、雇用創出、環境、社会との調和、持続可能性、ライフサイクルコストといった「伊勢志摩原則」が合意された。

 こうして世界のインフラ整備に一定のスタンダードを設定する営みは、その根本にある、相手と同じ目線に立って共に公益を実現しようとする日本型協働の精神を普遍的価値として規範化するものといえる。

 どの分野であれ、日本ならではの課題解決モデルを創り出すのは、層の厚さと質の高さで他国に比して圧倒的な強みを持つ日本の中間層によるチャレンジだ。こうして生み出される「日本新秩序」を国際的なデファクトスタンダード化することで、「世界新秩序」形成を主導する国になる。それぐらい大きな展望をもってトランプ率いる米国に向き合ってこそ、「新たな国づくり」の答が見えてくるであろう。


まつだ まなぶ

 1981年東京大学卒、同年大蔵省入省、内閣審議官、本省課長、東京医科歯科大学教授、郵貯簡保管理機構理事等を経て、2010年国政進出のため財務省を退官、2012年日本維新の会より衆議院議員に当選、同党国会議員団副幹事長、衆院内閣委員会理事、次世代の党政調会長代理等を歴任。

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