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ペマ・ギャルポのアジア時評

中国抜きに北朝鮮は語れない

 北朝鮮の暴走は激化するばかりである。国連がいくら経済制裁などを決議しても効き目がない。本気で取り組んでいるのは日本だけであるように見える。

 偉大なる首領、金正恩の異母兄弟の暗殺事件も、ワイドショー的には大きく取り上げても、具体的には主権が侵され治安を脅かされたマレーシアだけは、懸命と言うよりムキになって事件に取り組んでいる。この出来事に絡んで見え隠れするのは中国の関わりである。

 今の北朝鮮の独裁政権が、その体制を維持できているのは中国のバックアップがあるからだ。確かにかつてのような「唇と歯の関係」と言われた時代ほどの蜜月的関係ではないだろうが、中国は北朝鮮を生かさず殺さずの援助で体制維持を支えている。

 つまり、中国は北朝鮮カードを使って、アメリカや日本と外交取引の材料としての利用しようとする一方で、北朝鮮から逆怨みされることを恐れている。今まで中国は北朝鮮を内心では属国くらいにしか考えていなかったのが、扱い難い存在になっている。中国の安全保障上極めて重要な国でありながら、表面上は国際世論などを考慮し距離を置かねばならないが、冷遇した時にどんな逆襲があるかを心配する幹部や中国の学者もいるようである。中国にとっては抱くことも切り捨てることもできない存在の北朝鮮問題。最近は国連の機関までが、中国は国連決議に基づく制裁をなおざりにしているとして批判している。

 国連の安全保障理事会の制裁委員会は、北朝鮮が昨年11月末から一ヶ月の間に輸出した石炭の量が、制裁決議で定めた上限の約2倍、金額にして約3・5倍を上回ると発表している。このほとんどが中国に輸出されたと見られる。中国政府は昨年12月上旬に、年末までの輸入停止を発表しているが、これは子供騙しよりも幼稚な小細工である。

 中国にとって北朝鮮問題は、台湾、チベット、ウイグル、南モンゴル、香港問題に加えた頭痛の種の一つになっている。昨年末、日本で新しく結成された南モンゴルのクリルタイの大会に、議院会館内の会場でチベット、ウイグル、南モンゴルに加え台湾、香港の民主運動家達が参加したことを取り上げて、中国政府と党関連のメディアはこの前述のグループに「五独」と言う新しい造語のレッテルを貼った上で、その裏に日本の魔の手がのびていると日本を批判した。

 もちろん、根拠のない思い込みに過ぎない。

 今の日本には頭山満や大隈重信のような正義感、先見性、自国の利益が絡んだ地政学的戦略を持った日本人はいない。戦略的思考だけについて言えば、今の中国の指導部の方が日本より優れているかもしれない。ただそれがアジアの平和と発展にとって善か悪かは別問題だ。世界の常識と違い、日本では国益という言葉そのものを嫌う人が常識人だと誤認し、各国が自国の国益を求めることが本来当たり前であると言う現実は見えず、幻想に生きている人が多い。

 その意味で中国の批判は的外れである。中国政府の過去、そして現在の政策の産物として北京政府が危惧するような「五独」あるいは 「五毒」が存在したとしても、それは日本の魔の手と言うよりは中国自身の悪政、圧政のたまものであり、日本にそのような評価を与えることは残念ながら中国側の過大評価だ。

 中国こそ北朝鮮の強権政治を裏で支え続けることを止め、国連の安全保障理事会の常任理事国として責任感と誠意を持って北朝鮮の核の問題や拉致問題の対応に迫るべきである。中国が裏で支え続ける限り、日本が国連などに制裁を働きかけても無意味である。

 アメリカのトランプ政権の首脳のこれまでの発言を見聞している限り、中国に関しては的確な理解と見解を持っている。また、中朝関係についても正確に調査し、中国に責任ある言動一致の行動を求めているようである。アジア諸国は、中国が二枚舌を止め責任ある態度を取ることを要求すべきだ。

混同してはならない 真実の追求と吊るし上げ

 真実を追求しようとすることは、どの時代でもどこの国でも重要である。したがって豊洲移転問題も、大阪の森友学園の問題も、真相を究明するのは当然のことだ。だが私にはそのやり方が国家や都民の利益を追求すると言うよりも、政治闘争の道具としての利用が見立ち、より大切な事柄をないがしろにしているように見える。

 国家の重要課題を論ずる予算委員会でかつてのカンガールーコートの再現のような吊るし上げを演出するよりも別のやり方もあるのではないか。東京都議会でも何が何でも石原知事を百条委員会に引っ張りだそうとする姿勢は見苦しい。特にかつて石原知事のご機嫌取りに勤しみ、自分の議員としての責任を棚上げしていた人達は、他者に責任転嫁するよりも、自分が議員としてチェック機能を果たさなかったことを反省するのが先ではないのか。

 特に自民党と公明党都議員を始め、石原知事の時代に自ら石原知事にすり寄ってその栄光の下で当選を果たした人達は、せめて長老政治家に対し敬意を持って接する程度の品位を保ち、国民の前でも世界の前でも日本国民の品格を維持して欲しいと一都民、一国民として強く切望する。

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