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書 評

「保守主義とは何か」 宇野重規 著

源流から日本の保守を展望

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 リベラルの退潮に伴い保守が政治の大勢を占めるようになった日本だが、何を保守すべきかについて意見が集約されているわけではない。自民党も反共ではまとまっているが、憲法改正には温度差がある。著者は「経済発展のみを国家目標に掲げ、状況への対応としての側面が強く、保守すべきものの理念は曖昧なまま」だという。

 そこで、保守主義の源流である英国の歴史を参考に、明治以降の日本の保守の歴史と今後を展望している。

 18世紀、英国の思想家エドマンド・バークが守ろうとしたのは、17世紀の名誉革命で生まれた、王権と対峙し政党が議会を通して自由と権利を漸進的に発展させていく政治である。そのため、伝統を破壊するフランス革命には反対した。

 著者は、英国の保守主義には文人の伝統があるとする。バークのデビューも美学であり、チャーチルが『第二次世界大戦回顧録』でノーベル文学賞を受賞したように、文学と政治は近い関係にある。

 日本の保守主義の歴史を著者は、伊藤博文、陸奥宗光、原敬、牧野伸顕、吉田茂へと続く、立憲体制を軸にした政党政治の漸進的な改革に見ている。元老たちは国際感覚に優れ、明治天皇も英国の二大政党制を理想とし、過渡期的に天皇を調停役としながら、議会を通して政党政治の発展による民主化を目指してきた。

 将来に向けては、戦後社会の安定と発展に成功した「戦後経験」の思想的 反省が重要だとする。(中公新書 本体800円+税)


「元老」 伊藤之雄 著

近代日本の真の指導者たち

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 元老と呼ばれたのは長州の伊藤博文、山県有朋、井上馨、薩摩の黒田清隆、松方正義、西郷従道、大山巌に公家の西園寺公望の8人で、後継首相の選定などで天皇を補佐した。開発途上国の非公式組織は腐敗の温床になりやすいが、元老らが私腹を肥やした形跡はなく、日本の改革に臨機応変に対応した。

 元老たちが目指したのは国際協調と日本の民主化、安定である。1890年代に形成されたそのリーダーシップのもと、小国だった日本が、第一次世界大戦後には米・英に次ぐ世界第3位の国になり、国際連盟の常任理事国として新しい世界秩序を10年以上支えた。

 元老が生まれたのは、明治憲法を起草した伊藤博文が天皇を調停者と位置づけ、それを学んだ明治天皇もそう振る舞ったことによる。つまり、明治天皇と伊藤の合作で、政権の安定を図りながら、イギリスをモデルに二大政党による政治の民主化を展望した。それは今日もまだ実現されていない。

 伊藤に次いで、1900年以降は伊藤と山県、伊藤の暗殺後は山県、第一次大戦後は西園寺が中心になり、列強と協調しながら、東アジアに安定的な国際秩序を作ろうとした。

 大正天皇もそれをよく理解していたが、25歳で後継した昭和天皇は満州事変の頃まで西園寺との接触が少なく、牧野内大臣らに影響されて調停的関与に失敗し、天皇権力の正当性を形成できなかった。著者は、それが軍部の台頭を招いた最大の要因だとする。(中公新書 本体880円+税)


「となりのイスラム」 内藤正典 著

世界の3人に1人がイスラム教徒

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 日本ではイスラム教徒の人口が1%以下だが、世界では3人に1人がムスリム。観光業界ではムスリム向けの料理や祈祷室を用意し、介護などの分野でも増えている。

 シリアのダマスカス大学に留学した著者は、イスラム世界の暴力の原因は、西欧諸国による中東世界の分断支配の歴史に加え、「国民国家の硬い殻にある」と言う。そして、テロの脅威と大量の難民という状況を救える国は、欧米 でもロシアでもなく、イスラム世俗国家トルコだという。

 キリスト教会と戦って個人の自由を獲得してきた西欧では、国家と教会を分ける政教分離が原則だが、そもそもムスリムには「神から離れて人間が自由になる」という観念がない。いわば、近代においても中世の観念と様式で生きている人たちなのである。

 西欧諸国は、戦後復興を支える労働者としてムスリムを利用しながら、その時代が過ぎると、世俗国家に同化しないからと、差別するようになった。すると、抵抗のアイデンティティを祖国に見いだせない彼らは、イスラムに求めたのである。フランスのスカーフ禁止などは全くの人権侵害だと著者は憤る。

 日本人への注意もある。例えば、飲酒するムスリムに、あなたはイスラム教を捨てたのかと聞いてはいけない。世俗化しても、コーランを神の言葉として絶対視する世界から脱したわけではない。彼らにとってイスラム教徒でなくなるのは、「人間でなくなる感じ」だという。(ミシマ社 本体1600円+税)


「問題は英国ではない、EUなのだ」 エマニュエル・トッド 著

「国家」への回帰の時代

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 著者はオックスフォード大で学んだフランスの歴史人口学・家族人類学者。人口や家族、教育水準を基にした社会予測で、ソ連崩壊や米国発の金融危機、アラブの春を予言し注目されている。哲学を嫌い、自身の手法は科学だと言う。

 英国のEU離脱、米国のトランプ・サンダース現象を、著者は「グローバリゼーション・ファティーグ(疲労)」と言う。アングロサクソンが主導したネオリベラリズムのグローバリゼーションに、英米そのものが耐えられなくなり、「国家」への回帰を始めている。

 格差の拡大、中間層の貧困化などによる社会不安が、経済的利益を上回るようになった。戦後、戦争の回避を目的に進んできた欧州統合も、世界的なグローバリゼーションの地方版にすぎなくなったという。

 人口動態で、英仏はバランスがとれているが、ドイツは若年層が不足なので移民で補い、緊縮財政をEU各国にも求めている。著者は、このドイツのやり方は20年で崩壊すると予言する。最大の要因はイスラム移民で、いとこ婚が35%の中東地域の人たちは、ゼロのドイツ社会にはなじめない、と。

 英国は「ドイツに支配されているヨーロッパ」に反対していると著者は言う。つまり、アイデンティティの問題で、世界で最初に国家として機能し始めた英国だからこその行動なのだろう。

 もっとも著者はナショナリストではない。何より現実的、合理的な対応を探るよう示唆している。(文春新書 本体830円+税)


「米中もし戦わば/戦争の地政学」 ピーター・ナヴァロ 著 / 赤根洋子 訳

中国の強権台頭、トランプのブレーンが解説

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 歴史上、既存の大国と台頭する新興国が対峙したとき、戦争に至る確率は 70%を超える。本書は、そんな衝撃的な事実を前提に、米中戦争の可能性とシナリオを分析している。

 ナヴァロ氏はカリフォルニア大アーバイン校のビジネス・スクールで教鞭をとる経済学者だが、10年ほど前から対中強硬派として積極的にメディアに発信。本書はその最新版であり、原著のタイトル「臥した虎――中国の軍国主義が世界にもつ意味」が示すように、中国の平和的台頭の偽善をはぎとり、強権台頭する中国の脅威を白日の下にさらす啓蒙書だ。

 そのナヴァロ氏は、トランプ新政権で大統領直属の国家通商会議議長に任命された。同会議は貿易や産業政策だけでなく国防とリンクさせ、国家安全保障会議(NSC)とともに外交戦略の策定にも関わる。その意味でも本書は、トランプ新政権の外交、防衛の基本ラインを理解するのに適したテキストでもある。

 本書では中国の軍事戦略を緻密に検証した上でこう総括する。

 「中国はソ連とはまったく異なるタイプの軍事的競合国だ」

 「このままではアメリカは中国に(少なくともアジア地域で)『降参』と言わざるを得なくなるかも知れない」

 その最大の脅威は核戦力や、通常戦力ではなくサイバーや宇宙戦争におけ る能力の高さだ。つまり対称的な脅威で、戦闘機対戦闘機、艦艇対艦艇のような挑戦を米国はさほど懸念する必要はないものの、非対称な能力であるサイバー・宇宙こそ警戒を要するというのだ。これは「負ける戦はしない」孫氏の兵法の伝統がある中国らしい特徴かもしれない。とりわけ孫子の兵法の核心は「兵は詭道なり」で、相手の弱い所を突く、だまし討ちをモットーとする。

 中国のサイバー部隊には第三の戦線があるという。それは配電網や浄水場、航空管制、地下鉄システム、電気通信など、敵国の重要な社会インフラへの攻撃だ。これで国民を混乱させるとともに経済を壊滅させる2つの目的があるという。

 また中国は衛星からビームを発して他の衛星を破壊する能力がある。これを宇宙で展開すれば、米国のGPS機能も通信機能も壊滅状態に陥るリスクがある。命令指揮系統が機能しなくなると、巨大な破壊能力のある軍も「ただのうどの大木」でしかなくなる。(文藝春秋 本体1,940円+税)

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