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回顧録⑬

日本経営者同友会会長 下地常雄

人生は糾える縄の如し―若かりし頃

 沖縄から集団就職で上京してからというものは、身体が許す限り働いたものだ。

 就職先のガラス工場での給料は1万円ぐらいで、手取りは8000円ぐらいだったが毎晩、ダンスホールに行っては散財した。

 よく行ったのが、新宿のミラノ座に近いダンスホールで、入場料が500円、コーヒーが1杯200円ぐらいだった。

 夕方から夜1時ぐらいまで営業していた。特に暮れのクリスマスには、毎年お客でごった返ししていた。

週末のアルバイト

 遊ぶためのお金を稼ぐために土日はあらゆるアルバイトをした。

 上司からは「お前、どこに行っているのか」とよく訊かれたものだ。

 アルバイトの一つが赤坂のキャバレーのカーポーターの仕事だった。

 歓楽街の店の前でお客の車を預かって車庫まで運び、お客が遊んでいる間にその車を洗いピカピカにして返した。

 お客は最初、びっくりしていたが喜んでくれた。次から「おい下地」とご指名だ。お客は有難うと言ってチップを弾んでくれた。

トップセールスマン

 ガラス工場を辞めた後、先輩の勧めでカー用品の販売会社に入社した。ガソリンスタンドを訪ね回る営業の仕事に就いて、すぐにトップセールスマンになった。何故かというと、まず一回目は、ガソリンスタンドの陳列棚の整理整頓をした。

 そうすると必ず隙間が空く。その日は「さようなら」だけ言って何もセールスしない。二、三回目には私が行くのを待っててくれるようになり「おい下地、何か置いていけ」と注文を受けるようになった。双方の信頼関係ができて、他の業者を断り私に注文がくるようになった。

 相手の願うものを考え、一生懸命努めると必ず結果がついてくるのだと学んだ。

 昨今の本屋を覗くと、やたらお金に関係する本が多い。みんな楽して金儲けをしたいような本ばかりが目立つ。

 汗をかいてお金を得ることの喜びを知らない若者が多くなったような気がする。若くして富豪になって、その後の人生をどう送るつもりなのか。そんなに人生は甘いものではない。

思い上がりと驕りが災い

 「人生は糾える縄の如し」でいろいろな経験をしてこそ、その醍醐味を味わえるというものだ。

 私がカー用品の営業をしていた頃、カーステレオブームがやってきた。これが私の転機となった。

 カーステレオ用の音楽カセットの製造販売をする会社を立ち上げた。ミュージックテープを作り、ことごとくヒットして商品が間に合わないほどであった。一日の利益が50万円から100万円。社員も50~60人になり、六本木に会社を構えた。

 その頃はまだカードがない時代であったために、左右のポケットにそれぞれ100万円の現金を入れ、運転手付きのロールスロイスに乗って、銀座、赤坂、横浜など遊び回り3年ほど経った頃、良いことばかりは続かなかった。投資話で騙され、業者や信用した社員にも裏切られたりと苦い経験もした。世の中を甘く見た私の思い上がりと驕りが災いしたのだと反省した。

 これも良い教訓を得たと思っていたが、まだまだ私の試練は続いた。

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