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スリランカのシリセーナ大統領と会見

21世紀はインド洋の時代

日本経営者同友会会長 下地常雄

 インド洋に浮かぶ南アジアのスリランカを5月中旬、訪問した。スリランカは国土は北海道より一回り小さい面積で人口2200万人の小国ながら、インド洋の要所に位置する地政学的重要性から中国やインドをはじめ各国が関係強化にしのぎを削っている国だ。

インド洋の要衝の地

 インド洋の真ん中に位置するスリランカの地政学的な価値は、碁で言えば申し分のない布石の位置にある。それも同国南端のハンバントタ港の南10キロ近辺を中東から原油を積んだタンカーが西に向かう要衝だ。シーレーンからするとマラッカ海峡に並び立つ重要性を持つ。

 とりわけインド洋は時代のダイナミズムをはらんだ地域でもある。19世紀が大西洋の世紀なら、20世紀は太平洋の世紀だったと言えよう。21世紀はと言えば、「インド洋の世紀」となるだろう。

 経済的活力に富む東南アジア諸国連合(ASEAN)の総人口は6億5000万人。世界最大の民主主義国家インドの人口は13億人を越し、国連推計によると2025年には中国を越して14億5000万人になり世界最大の人口規模を誇ることになる。西には石油、天然ガスがある中東、さらに「21世紀の大陸」といわれるアフリカがある。こうした地域に囲まれたインド洋を制した国は、21世紀をリードする国になる。

 その意味でも、インド洋の要衝であるスリランカはわが国にとっても世界にとっても、重要な国だ。

シリセーナ大統領の歓待

 マイトリーパーラ・シリセーナ大統領はコロンボの大統領官邸に我々一行を招き、歓待してくれた。

 私は日本経営者同友会がこれまで40年近く、日本の中小企業の海外進出へのサポートも続けていることを伝えた。今回のスリランカ視察後に、経済ミッションを送り込みたい意向を述べたところ、大統領から「新しい事業やプロジェクトを立ち上げる意向があれば、いつでも私に言って下さい。私自ら直接サポートするよう指示します」と力強いお言葉をいただいた。

 社交辞令ではなく、てきぱきと早く実務的処理に動く「出来る大統領」というのが私の大統領に対する第一印象だ。様々な修羅場をくぐってきた大統領は苦労人だが、人を引きつけるカリスマ性も持っている。大統領の任期は5年だから、あと3年あるが、あの仕事ぶりからすると次期大統領選挙もいいところにいくだろう。

ペレーラ国務大臣と旧交温める

 ニローシャン・ペレーラ国家政策・経済担当国務大臣も訪ねた。同大臣は昨年末、日本を訪問された際、私が歓迎夕食会を開催した経緯もあり旧交を温めることになった。この時、持参した城内実・前外務副大臣からの親書をペレーラ国務大臣に手渡し、これからも日本とスリランカの友好促進のために手を携えていくことを約束した。

 ペレーラ大臣は「変革の時期を迎えているスリランカでは今、経済活動を幅広く活性化させており、投資や事業誘致を必要としている。自由貿易特区の選定や進出企業に対する優遇税制など、海外からの融資がスムースにいくような法制度の改善も図る。何か対象事業があれば、コーディネートする」と前置きした上で、具体的な事業としてエネルギーや道路といったインフラ事業、中産階級の住宅建設、建築を含めた公共事業などを列挙した。

 なおアジース・ペレラ電力再生エネルギー副大臣からは、停電なども多い電力インフラ状況の説明を受け、ソーラー発電や水力発電に関する投資や企業誘致の依頼があった。

 また、スリランカ国営テレビのツシラ・マレウッタトリ理事長からは、「国営放送局ながら、技術システムが旧来のままで、まだアナログ時代の中にある。歴史的にも貴重なアーカイブ映像が現存するが、それもVHSテープの中に保存されている状態だ。これを早くデジタル化して、劣化しないようにしたい。ただ如何せん機材不足ばかりか、そもそも予算が足りない。日本のサポートをお願いできればありがたい」と率直な話を預かった。

驚きの鰹節文化

 ともあれ約一週間の滞在で、スリランカの無限の可能性と潜在力を実感した。地形的にも周囲を海で囲まれ、日本とも共通点が多い。鰹節文化があることも驚きの一つであった。スリランカでは鰹節はなくてはならない調味料だ。ほとんど、すべての料理に鰹節が使われている。

 インドにも鰹節文化がないわけではないが、使う量が圧倒的に少ない。残念ながらインドでは、カレーに代表されるスパイス文化に、鰹節は負けている。その点、スリランカでは、日本と同じように食のベースとして鰹節が使われていて、鰹節はなくてはならない食材だ。和食の根幹とも言うべき出汁(だし)文化を共有しているのだ。

日本の恩人ジャヤワルダナ氏

 何より日本はスリランカに歴史的にみても恩義がある。戦後、日本が戦勝国から4分割統治案が出たとき、凛として分割統治に反対してくれたのがサンフランシスコ講和会議に出席していたスリランカ代表のジャヤワルダナ氏だった。

 後に、初代スリランカ大統領になるジャヤワルダナ氏は当時は大蔵大臣で、1951年のサンフランシスコ講和会議に出席し、諸外国が「日本を独立させるのは時期尚早」だとし、「日本は分割して統治すべき」だとの主張がある中、仏教的哲学を盾に分割統治に反対した経緯がある。

 ジャヤワルダナ氏はこう語った。

 「我々は仏教徒だ。やられたらやり返す、憎しみを憎しみで返すだけでは、いつまでたっても戦争は終わらない。優しさ、慈愛で返せば平和になり、戦争は終わり、元の平和が戻る。戦争は既に過去の歴史だ。憎しみは忘れて、慈愛で返していこう」と呼びかけ、この演説が、当時わが国に厳しい制裁措置を求めていた一部の戦勝国をも動かしたと言われ、その後のわが国の国際復帰への道につながる象徴的出来事として記憶されている。

 日本とスリランカの歴史は古いが公に外交関係を結んだのは、1952年の第二次世界大戦後だった。51年のサンフランシスコ講和条約締結後、世界で一番早く正式に日本と外交関係を結んだのもスリランカだった。ジャヤワルダナ氏の足跡は、鎌倉にある大仏の脇に、その善行に感謝した顕彰碑が建立されている。

光り輝く島スリランカ

 「スリランカ」とは、光輝く島という意味だそうだが、ルビーやサファイヤの輝きに勝るジャヤワルダナ氏の魂の輝きには目を見張るものがある。

 ジャヤワルダナ氏は、数々の功績を残し、96年に死去するが、彼の遺志に基づき、角膜が提供される。「片眼はスリランカ人に、もう片眼は、日本人に」というのが ジャヤワルダナ氏の遺言だった。スリランカの献眼協会は、スリランカ人から提供された角膜を国内外へ無償で贈る運動を行っており、わが国にもこれまで約2800の角膜が贈られている。

 スリランカ国民の親日ぶりは有名だが、仏教だけでなく、同氏の尽力によるものも大きい。

 アセアン協会大阪代表の露口昌二氏がこの度のスリランカ訪問のエスコート役を務めたが、氏のこれからのスリランカでのさらなる活躍を期待したい。


【プロフィール】

下地常雄 しもじ つねお

 1944年、沖縄宮古島生まれ。77年、日本経営者同友会設立。93年、ASEAN協会代表理事に就任。米大統領(レーガン大統領からオバマ大統領までの歴代大統領)やブータン王国首相、北マリアナ諸島テニアン市長などとも親交が深い国際人。テニアン経営顧問。レーガン大統領記念館国際委員。2009年、モンゴル政府の友好勲章(ナイラムダルメダル)受章。東南アジアにも幅広い人脈を持つ。関東地方更生保護事業協会評議員。法務大臣感謝状2回受賞。

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