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―日本新秩序へ― 松田まなぶの国力倍増論

第12回 貿易不均衡をめぐる誤解を正す

松田政策研究所代表 東京大学大学院客員教授 前衆議院議員 松田 まなぶ

貿易赤字の国際政治経済学

 四月の米中首脳会談でなされたトランプと習近平とのディールは、貿易赤字問題と北朝鮮対策との取引だった。安全保障で中国の協力を得るために、トランプは経済問題で中国の為替操作国認定を「百日計画」へと後退させた。貿易赤字=損失(ロス)とするトランプは、輸出=売上、輸入=経費として、一国経済と企業経営とを混同しているが、それは、赤字問題を外交ディールの材料にするための意図的な誤解なのかもしれない。

 だが、経済問題として真摯に考えれば、二国間の国際収支の不均衡を是正しようとする度に、経済には様々な歪みが生じてきた。かつてのプラザ合意の際も、米国の対外不均衡是正のための円高誘導は、日本に超低金利政策を余儀なくさせ、バブルをもたらした。特に現在は、対外不均衡が外交上のイシューになる状況にはない。モノの貿易収支にサービス収支と、海外との利子や配当などの受払いである所得収支を加えたのが経常収支だ。

 問題の米国の貿易収支赤字は、16年は約七千三百億ドル(うち対中国が半分弱、対日本が9%強、対独が9%弱)だが、サービス業に強い米国のサービス収支は約二千五百億ドルの大幅黒字、経常収支では赤字は約五千億ドルに縮小する。経常収支の対GDP比では、米国の赤字は06年は6%近くだったが、16年には2%台まで縮小、中国の黒字はピーク時の9%前後から1%台に縮小している。日本の黒字は4%近くと高いが、所得収支の黒字が大きく、貿易黒字による部分は小さい。

 経常収支の黒字国からは、それに見合う資金がネットで海外に供給され、赤字国にはそれに見合う資金が海外から流入する。日本が貿易でドルを稼いでも、それはドル建て資産に運用するしかない。国家が貿易で儲けてどこかにおカネを貯蔵しているわけではないのだから、「黒字」という表現も誤解を招く。輸出者もいれば輸入者もいる民間経済の個々の取引を国全体で統計数字に足し合わせると、結果的に輸出が輸入を上回っているに過ぎず、「超過」という言い方が適当だ。

 貿易不均衡の裏側での米国への資金流入も、米国の市場や経済、個々のドル建て資産の信用が成り立っている結果としての現象である。対外不均衡という現に存在する事象は、個々の取引や信用が成り立っているがゆえに存在している。それに目くじらを立てることは、自由な経済取引の否定でもある。

基軸通貨国の特権と責務

 そもそも対外収支は、その国のマクロ的な貯蓄と投資の差額に相当する。市場の閉鎖性の影響は殆ど関係なく、貯蓄超過だと黒字になる。せっせと働いて国内でおカネをあまり使わず、貯蓄超過となってきた日本が、米国にモノと、それで受け取ったカネを供給する「アリ」だとすれば、日本からのモノとカネで高水準の消費と投資を享受して繁栄する米国は賢い「キリギリス」だともいえる。結果として日本は世界ダントツ一位の対外純資産国、米国は世界一の累積債務国だが、成長率が高くて豊かなのはどちらだろうか。

 日米経済対話が始まったが、日米経済摩擦が盛んだった80年代には、米国貿易赤字のうち対日赤字がピーク時で7割を占めたこともあった。当時と状況は異なる。しかも、日本は世界の中でも対米投資では、トップクラスの国として米国内の雇用創出や米国の輸出に大きく貢献している。15年の日本の対米金融収支(ネットでの資金供給額)は15兆円強、これは同年の対米経常収支黒字13兆円強を上回る。

 つまり、日本は貿易などで米国から稼いだおカネを上回る額のおカネを米国に資金供給しており、日米経済関係で裨益しているのは米国のほうだともいえる。この対米投資というカードは、米国抜きの「TPPイレブン」発効へのイニシアチブとともに、今後の日本の対米経済交渉のカギを握るだろう。

 対外不均衡=悪との発想自体が、黒字が金(ゴールド)と結び付いていた金本位制時代の旧パラダイムのものだ。黒字国が金を溜め込めば、世界的にカネづまりになる。かつて黒字国だった米国が、世界へのドル供給の役割を果たさなかったことが第二次大戦へとつながる世界的な縮小均衡の原因になった。

 この反省に立って、対外資金援助やIMF?世銀体制の構築で米国が世界への資金供給に役割を果たしたことが、戦後の復興、発展につながった。しかし、欧州や日本の台頭で米国は黒字国から転落していく。

 71年のニクソンショックは国際通貨のパラダイム革命だった。通貨と金とは切り離され、米国は経常収支赤字を自ら出して世界経済の発展に必要な流動性供給という基軸通貨国の役割を思う存分果たせるようになった。国際金融市場の発展がこれを支えた。赤字で世界に散布された米ドルが米国やドル建て資産に投資されさえすれば、米ドルの価値は支えられるから、いくらドル散布をしてもドルは暴落しない。

 米国は世界の資金循環のセンターとして、世界の貯蓄を惹きつけて操り、世界経済との良循環による繁栄を享受する。これが基軸通貨特権だ。トランプは対外赤字を問題視するあまり、米国のみに与えられたこの特権と米ドル供給の責務を忘れてはならない。

貿易収支が国債発行を制約するというウソ

 財政との関係でも、貿易収支を巡る誤解が流布されている。国債発行を制約するという説だ。確かに、貯蓄投資バランス論では、経常収支は、財政赤字が縮小させることになる貯蓄超過と一致するが、それはフローでの議論だ。国債消化は年々のフローよりも、ストックとしての金融資産残高の中における資産選択を通じて行われる。

 ストックベースでみた議論にも誤解がある。それは、政府の借金残高の天井は個人金融資産残高だという説だ。資金循環統計でみると、日本の16年末の政府債務残高は約千二百兆円だが、日本全体では金融資産は、個人金融資産の千八百兆円以外に、法人(非金融)約千百兆円なども併せて約三千五百兆円にものぼる。これが金融部門に預金や証券、保険などの形で運用され、金融部門はこれを政府、法人、家計、海外などの各部門へと貸付や証券投資などの形で運用する。国債への運用は、そのポートフォリオ選択の中で行われる。銀行からみて国債運用が魅力的である限り、金利上昇を伴わない国債増発が可能だ。今は異次元緩和による「日銀トレード」が、それを担保している。

 しかも、日本が世界一の対外純資産国なのは、国内では資産運用をしきれず、数百兆円規模の残高で海外にネットで資金が流出しているからだ。仮に、民間資金需要が拡大し、異次元緩和が終了しても、国債消化の上ではこれがバッファーになる。カネ余り国の日本では国内運用の拡大余地は大きい。むしろ、国内で将来の資産形成に向かう有為な投資への運用が増えれば、それは金融資産残高というパイ自体をも増やすことになる。

 一国の国力を論じる場合、現状の対外黒字赤字の数字も、国債や金融資産の残高の数字も、大きな問題ではない。大事なのは量の数字よりも、資産運用の中身の質であり、国内で将来の生産性を高める投資が行われているかどうかだ。それが不十分な結果としての貯蓄超過=対外黒字なら良しとはできないし、国債がツケだけを残す赤字国債ではなく、国民資産を形成する使途に充てる国債なら、現状の金融資産残高が制約になるものではない。

 政策論議に必要なのは、経済で本質的に重要なのは何かを見極めることである。


【プロフィール】 まつだ まなぶ

 1981年東京大学卒、同年大蔵省入省、内閣審議官、本省課長、東京医科歯科大学教授、郵貯簡保管理機構理事等を経て、2010年国政進出のため財務省を退官、2012年日本維新の会より衆議院議員に当選、同党国会議員団副幹事長、衆院内閣委員会理事、次世代の党政調会長代理等を歴任。

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