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書 評

「フォース・ターニング」 ウイリアム・ストラウス ニール・ハウ共著

米主席戦略官バノン氏のバイブル

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 歴史は繰り返す。

 本書の歴史観は、螺旋階段を上りあげるような周回運動と見る。とりわけ歴史のダイナミズムを「春夏秋冬」の四季に分けた螺旋階段と捉える点は、トインビーの文明の興亡史から論じた「歴史の研究」を想起させる。トインビーは文明は発生、成長、衰退、解体を経て次の世代の文明へと移行すると考えた。

 トランプ政権の主席戦略官であるスティーブン・バノン氏が、米国の歴史は80年ごとに危機を迎えるという本書をバイブルとして信奉している。

 具体的な80年ごとの危機は、(1)アメリカの独立戦争から憲法制定までの時代(1774-94)、(2)南北戦争とその後までの時代(1860-68)、(3)世界恐慌から第二次世界大戦までの時代(1929-45)で、次の危機(フォース・ターニング)は2005年以前でも、2025年以降でもないと説く。

 本書の凄みを感じるのは、冬である危機の時代をどう乗り切るかを簡潔に指摘している部分だ。国防に関しては、最悪を想定し動員の準備をと説くが、始めからのめり込んではいけないという。いわゆる人的資源を過剰に専門視すべきではないし、配備する兵器にも過剰投資を戒める。こうしたものは危機が頂点に達するころには、マジノ線のようにあっさりと時代遅れになってしまうからというのがその理由だ。(ビジネス社 本体2000円+税)


「トランプが中国の夢を終わらせる」 河添恵子 著

覇者めざす中国に米カード

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 習政権が標榜する「中国の夢」は、「新世界秩序の覇者」になることだ。

 具体的には「軍事拡大を続ける中国が世界の金融・資源・最先端技術・メディア・貿易などにおいて絶対的な権力基盤を確保する時代」だと著者は指摘する。

 これらを熟知するトランプ政権下のティラーソン国務長官は、米海兵隊出身のジェームズ・マティス国防長官と共に米のリベンジを始めると著者は説く。

 一見するとキワモノのような描写もあるが、絵柄を大きくとったキャンパスの広さと歴史の深堀りに目から鱗が落ちるような快書だ。

 現在、北朝鮮の核や大陸間弾道弾開発を阻止するため米国は中国の力を利用しようとはしているが、深いところでの米中の駆け引きを知る上で本書は格好のテキストともなる。

 トピックスとしては2005年10月に、中国四大銀行の支店長・副支店長ら40人が香港経由で集団逃亡した事件が目を引く。不正持ち出し資金は1兆円もの、巨額にのぼったが、西側金融関係者との構造的癒着に著者は注目する。

 ウォールストリートは、ユダヤ系左派と中国共産党や官僚の師弟とのギルドと化しているというのだ。同ギルドは、上場前に企業業績の嘘を並べ立て、上場益を得るスキームを確立している。

 だから上場廃止命令を受ける虚構の中国系企業が少なくない。しかし、関係者は痛くもかゆくもない。なぜなら上場益を得た時点でビジネスは成功し完了しているからだ。世間を欺く錬金術に惑わされ、ただの紙切れと化した株券に泣くのは能天気な一般庶民だ。(ワニブックス 本体1400円+税)


「蔡英文自伝 台湾初の女性総統が歩んだ道」 蔡英文 著

歴史と留学で培われた俯瞰力

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 蔡英文は自身のことや家族のことを公の場で語ることを好まない。本書も民進党幹部から自分が書かないと他人が書くことになると迫られて、仕方なく出版した経緯がある。

 一度、地に落ちた民進党を蘇らせたのが少額献金だったと蔡氏は回顧する。

 蔡氏がいつも好んで言うのが、皿洗いのおばさんの話だ。このおばさんは、一ケ月分の給料にあたる2万元(約7万円)を献金してくれた。これは、どんな大金より真心がこもった価値ある貧者の一灯だった。同時に党員の心を揺さぶり、リーダーの責任感とやる気を付与してくれもした。

 本書で興味を引くのは、政治家として不可欠な全体を俯瞰する「マクロ的視座」をどう構築していったかだ。

 蔡氏は歴史書を読むのが好きだった。とりわけ好んだのが黄仁宇の「大歴史」だった。マクロで俯瞰的な視点を持ち、高い空の上から万物を俯瞰するような感覚にとらわれたという。

 この「マクロ的視座」を磨き上げたのが、英国留学だった。留学先のLSEの校風は自由なものだったが、1つだけルールがあった。それは、学生は皆1つの専門に集中してはならず、異なる学問領域を必ず学習し、あらゆる場や分野で他の学生と交流を持つ必要があったからだ。

 こうした物事を俯瞰的に見る訓練は、彼女に細部に引っ張られず全体を一つかみにする「鳥の目」を提供することになる。(白水社 本体2000円+税)


「考え方」 稲森和夫 著

人間として正しいことを貫く

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 著者の経営哲学が平易に語られている。

 京セラで人工股関節を製造していた時、医師の強い要請で人工膝関節を試作、厚生省の認可を受けないで納品し、悪徳商法だと叩かれた。師僧に相談すると、業が出たのだから祝うべきだと諭された。

 創業期に若い社員が配達中の交通事故で歩行者を死なせた。著者は一緒に家族に謝りに行き、会社として責任を負うことを伝え、線香を上げさせてもらった。そんな試練が人格を作ってくれたと言う。

 日本的経営は人を大切にし、人を育てる。二宮尊徳のように仕事を修行と考え、人のために働く。大乗仏教の自利利他の教えである。神道をベースに受容された 仏教や儒教が江戸時代の商道を生み、日本的資本主義の精神となった。

 長距離通信費を引き下げようと第二電電を始めるとき、著者は「動機善なりや、私心なかりしか」何度も自問した。起業家には才能と情熱と、それをコントロールする人格が必要だと言う。日本航空の再建では、傲慢になっていたエリート社員の意識改革から取り組んだ。上の者ほど下の人に仕えるようにすると、社員は客の意向を汲んで応対するようになった。

 臨済宗で得度したのは、軸足を仏教に置き、人間として正しいことを貫くため。人格の成長に限界はなく、それに応じて会社は発展するという。小学生で結核を患い、何度も失敗を乗り越えてきたからこそ、著者のシンプルな教えが素直に心に届く。(大和書房、本体1500円+税)


「文春砲」 週刊文春編集部

スクープ連発の舞台裏描く

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 昨年初めの甘利元大臣の金銭授受疑惑を号砲として、ベッキーの禁断愛や舛添前都知事の公用車不正使用など、昨年話題になった「週刊文春」のスクープ連発が続いた。ちょっと本屋を覗くだけで、商売敵である「週刊新潮」との差は一目瞭然だ。

 スクープを出し続ける文春への期待度と人気度は高まるばかりで、文春ブランドは磨きがかかっている。

 本書は闇に隠れた不正を暴き、仮面の権威を打ち砕く「文春砲」のメカニズムを解き明かす。

 いわゆるスクープの種をまき、芽が出たら丹精を込めて育て、ここぞというタイミングでフルスイングする。

 強大な権力を持った相手でも「ファクト」で武装し、リスクを恐れずとことん戦う。

 週刊誌は見出しが命だ。その見出しのタイトルの決め方にも神経を使う。タイトルを付ける時、様々な角度から検討する。とりわけ「ネタがそろっている時ほど危ない」という危機意識は、プロであればあるほど高まるものだろう。

 証拠も十分だということで、行け行けどんどんでやっていると、読者にはタイトル一つで文春は怖いとなりかねず、ドン引きされかねないのだ。

 タイトルが強すぎないか。えぐすぎないか。常に編集者は読者目線からチェックする。

 最近は政治家や芸能界の不倫問題が誌面を飾ることが多くなったが、不倫摘発雑誌や不倫KGBに見られないことが大事だと認識している。毎週、こればかりだと飽きてしまい、「他人の色恋沙汰なんてどうでもいい」という感覚にもなる。

 なお本書では、2人の人物を引き合いに出して、政治家の身の引き方を論じている。

 賄賂を摘発した記事で、「秘書の監督の責任は自分にある」と述べ、すぐ身を引いた甘利大臣の辞任はノーミスだった。

 一方、ホテル三日月での政治資金利用が明るみに出ながら、開き直って言い訳でごまかそうとした桝添氏は致命的なミスを犯すことになる。

 「家族で行ったのに間違えて政治資金収支報告書に載せてしまいました。お詫びして訂正します」といって頭を下げていればいいものを、自ら墓穴を掘ることになったのである。(角川新書 864円)

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