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ペマ・ギャルポのアジア時評

国語と民族浄化

 最近、在日ウクライナ人の青年アンドレリ・ナザレンコの祖国の過去と現状について書いた記事を読んだ。長文ではあったが、歴史的に整理され非常に分かりやすく纏めた記事だった。歴史的時代背景を通し祖国と隣接する覇権国家ロシア(ソ連時代の含む)との長い戦いを、ドキュメンタリーのナレーション風に読者に語りかけている。テーマは「 国を守るということ」。もちろん領土( 国家主権 )を守ることを意味しているが、だから彼は結びに「拡張主義国家による侵略戦争は決して過去の出来事ではない。クリミア強奪は2014年だった。今も、ウクライナ東部での戦闘が続いている。

 日本の場合、ロシアや中国による挑発工作も進行中だ。

 手遅れになる前に手を打たないと、沖縄でクリミア半島で起きたシナリオが繰り返される可能性もゼロではない」と日本国民に警告している。

 もちろん、領土、領空、領海のように目に見える形のものは大切だ。だが、それ以上に彼が訴えている神髄は、民族のアイデンティティを支える母国語の重要性だ。侵略者が覇権主義であれば、必ず侵略した民族の滅亡を図り、同化政策を押し進める。その手段の第一歩は、国語の禁止だ。

 ウクライナの場合も、ナザレンコさんは「ウクライナがロシアの一部だった時代には、次のような法律があった。公共の場でウクライナ語を話すことは禁止。ウクライナ語で教育を行っている学校は全て閉校させられた。ウクライナ語の本と新聞の発行は禁じられ、ウクライナ語で書かれた既刊の書物は燃やすように命じらた。自分をウクライナ人と呼ぶことすら禁止になって、占領者が勝手に『小ロシア』と言う名称を付けた。それに抵抗した者は、もちろん殺された」と訴える。

 これは中華人民共和国政府によって南モンゴル(内モンゴル自治区)、東トルキスタン(ウィグル自治区)、チベット(チベット自治区及び本来のチベットの領域)で用いられた政策と同じだ。

 最近、台湾にあるチベット亡命政府代表部のダワ・ツェリン代表は、大紀元の記者に対して中国政府は「チベットに対する高圧的な政策を一貫して崩さないのは、民族同化を進め、チベット民族を地上から消滅させることを目的としているからだ。そのためには、中国当局はチベット仏教を潰し、チベット語の教育をやめさせる必要がある。つまり、現在のチベットが抱える最大の問題は、人権でも、民主主義でも、自由でもなく、チベット仏教とチベット語が風前の灯火にあることなのだ」と説明している。

 もちろん、彼は人権や、民主主義、自由を軽視しているわけではなく、それ以前の問題として民族が滅亡の危機に直面しているということ必死に訴えようとしている。中国政府は強制的にチベット語など各民族の特質ある文化を禁止、破壊しているだけでなく、構造的にも、組織的にも各民族が言語、文化を維持できないような環境を作りあげている。

 ウクライナ人がロシア語を学ぶことも、チベット人やウイグル人、モンゴル人が中国語を勉強することも有益であることは間違いない。日本人が英語を勉強する事も大切なのと同じだ。グローバル化とIT化が進むことで、英語は世界の共通語としての地位を獲得している。

 しかし、英語が世界共通になったのも、ウクライナ人にロシア語を押しつけ、中国が周辺諸国を侵略し、同化するまで100年にならない。しかし、これらの国々や日本は何百何千年の歴史と豊かな伝統文化、文明を誇っている。それが高度文学のみならず各民族固有の神話、伝説、医学、占星術、芸術、文学を母国語を通して記録され、口伝されて継承して来た。母国語を失うということは、これらの過去の知恵の蓄積を断ち切る事につながる。当時の民族や国だけではなく、世界も貴重な過去の遺産と断絶し、それを失うことになる。

 サンスクリットやパリ語がなければ、漢訳の仏典はなかっただろう。ラテン語、ギリシア語、ヒブロがなかったら、今日の西洋文化がどうなったか想像もつかない。日本では英語を始め、外国語勉強を奨励している。一方、母国語を無視ないし、軽視しているように思う。半世紀前に比べると、人間関係を表す言葉が特に乱れて来ているように痛感する。世界では母国語を守るために命を掛けて戦っているが、日本は政府も国民も過去と母国語を自ら放棄しているようにも見える。実にもったいない話だ。

 中国や北朝鮮のように愛国教育を押し付ける事は望まないが、どの国にも輝いた時代と屈辱的な歴史があるものだ。自国の歴史と文化、つまり、過去を失う者は未来をも失うことになろう。英語等外国語の勉強の必要性を否定するつもりは全くないが、美しい日本語の保全と発展にも手遅れにならないうちに、十分な関心を示すことが手順として先になるべきではないだろうか?

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