トップページ >

書 評

「心を操る寄生生物」 キャスリン・マコーリフ 著 西田美緒子 訳

宿主を操り人形にする生態描く

picture

 本書のメインテーマは、宿主を巧みに操るマインドコントロールの達人・寄生生物の生態だ。

 吸虫は3つの異なる宿主に入らないといけない。その生息環境は天と地ほどの差がある。

 吸虫がとりつくのはまずアリ。だが吸虫が有性生殖するには、次の宿主となる羊の腸にとりつかないといけない。しかし、羊はアリなど目もくれないのだ。

 どうするのか、吸虫はアリの脳に入り込み、運動と口器をコントロールする部分に居座る。感染したアリは日中は他のアリと変わらない。しかし、夜になると巣に帰らず、葉のてっぺんまで上って下あごを使ってそこにしがみつく。羊がやってきて草を食べるのを待つ計画だ。そして夜が明けても食べられないと、また巣に戻っていく。ついこの間まで、昆虫はそれぞれ独立した主体だとみなされていた。昆虫自体が判断を下しているのであり、昆虫にちゃっかり便乗しているヒッチハイカーの病原体が判断しているなど誰も考えようとはしなかった。だが乗客の方が実際にはパイロットの役目を果たしているのかもしれないのだ。

 寄生者は単に宿主の栄養のおこぼれにあずかる乞食ではなく、時に宿主の行動の振付師であり催眠術師でもある独裁者ともなる恐るべき神経寄生生物の実態は、怖いもの見たさでつい引き込まれてしまう。(インターシフト 本体2300円)


「魂でもいいから、そばにいて」 奥野修司 著

3・11後の霊体験を聞く

picture

 東日本大震災の被災地では多くの霊体験が語られている。亡くなった家族が会いに来た、子供たちが夜中の橋の上で遊んでいた、夏なのに冬姿の女性をタクシーに乗せ、浜まで連れて行ったが、着いたらいなくなっていた、などなど。

 都市伝説のような話題を、ノンフィクションライターの著者が取材したのは、在宅緩和医療のパイオニア岡部健医師の勧めによる。看取った2000人以上の42%で「お迎え」現象を体験した岡部氏は、被災者の霊体験もきちんと聞き取りすべきだと言い残し、がんで急逝した。

 さらに著者を動かしたのは、亡くなった3歳児が現れ、「ママ、笑って」とおもちゃを動かした体験を語った石巻市の42歳の女性の一言。「霊体験なんてこれまで信じたことがなかったのに、自分がその体験者になって、頭がおかしくなったのではと思っている人もいます。そういうことが普通にしゃべれる社会になってほしいんです」。

 そこで著者は、同じ人に3回以上話を聞き、記憶を確かめるようにした。そして3年間、被災地に通う。

 著者は次のように述懐する。

 「この世に存在するのはモノだけではない。この世界を成り立たせているのは、実はモノよりも慈しみ、悲しみ、愛、情熱、哀れみ、憂い、恐れといった目に見えない心の動きかもしれない。だからこそ人の強い想いが魂魄となってこの世にあらわれる――」。まるで仏教の奥義を聞くようだ。(新潮社 本体1400円)


「世界を感動させた日本精神」 黄文雄 著

台湾人だからわかる日本人の幸福

picture

 著者は小学1年で終戦を迎え「犬が去ってブタが来た」という、中国本土から逃れてきた国民党の支配下で、政治運動の闘士だった父親が逮捕される苦難の少年時代を過ごす。1964年に早稲田大学に留学するが、台湾独立運動をして帰国できなくなり、以後、半世紀以上、日本で暮らしている。

 経済史から歴史、哲学、宗教まで学び、政治評論を発表しながら、著者が求め続けているのは台湾人のアイデンティティ、そのための「台湾的霊性」の発見である。鈴木大拙の『日本的霊性』を参考に、李登輝の精神史を手掛かりに、台湾近代史を一つの物語に書き上げようとしている。

 著者が強調するのは、儒教文化の中国、韓国と仏教文化の日本との違い。中国は極端な世俗国家だが、日本は宗教国家だという。その典型が死者に対する態度で、台湾の地震被災地に来た日本の救援隊が、死者に示した敬虔な姿が台湾人を感動させたという。それに比べて中国人は、死者は物のように扱う。

 特に高く評価するのは空海と道元。空海の『十住心論』は、当時のあらゆる宗教、哲学を網羅し、体系づけ、調和的だとする。そうした宗教性から、中国のような極端な宗教迫害が起こらなかった。道元の『正法眼蔵』は心を奥深く探究した世界史的な名作だとする。

 著者が生まれた台湾南部は、戦前、日本人による農業開発が成功し、親日的な地域で、その影響もあるのだろう。(ビジネス社 本体1500円)


「神社と政治」 小林正弥 著

「公共的市民宗教」への可能性

picture

 NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた著者は、マイケル・サンデル教授と同じ公共哲学が専門。神社本庁の活動や神道の歴史を分析し「公共的市民宗教」の可能性を探っている。

 神道の始まりは縄文時代のアニミズムとシャーマニズムで、稲作に伴い共同の祭りが行われるようになる。地の神である産土神と祖先を祀る氏神が古神道で、そこに仏教が渡来し、神仏が習合する。それに儒教を加え、神仏儒を公的宗教と する古代律令国家が誕生した。

 天皇による祭政一致から、武士の登場により権威と権力が分離する。明治維新で王政復古が成ると、近代国民国家の政教分離の原則に合わせ、宗教ではないとされた「国家神道」が政治理念の中心になる。戦後、神社は普通の宗教として宗教法人法の下にある道を選び、約8万社を統括する神社本庁が結成された。

 約20万社とされる神社は、歴史も御祭神も様々で共通の教義はない。神社本庁による教義の標準解釈は成功せず、設立10周年の1956年、「敬神生活の綱領」が実践規範として発表され、神道界に広く普及している。

 神社に参拝する外国人が増え、外国人の神職も現れている神道に、著者は地球的な広がりを期待する。国民の宗教になれば、その国民には日本国籍の外国人も含まれる。神社本庁の改憲運動に戦前への回帰を感じる向きも多いが、実際は神道の国際化やグローバルな環境問題にも力を入れている。(角川新書 本体880円)


「アジアの終わり」 マイケル・オースリン 著 尼丁千津子 訳

中国が最大のリスク要因に浮上

picture

 ついこの間まで、アジアは二十一世紀のセンターになるとの前評判だった。それは十九世紀の西欧、二十世紀の米国という世紀単位の歴史的変遷からすると、アジアが「文明の軸」を獲得しつつあるような熱を帯びていたからだ。そのアジアが変調をきたしている。

 韓国の朴槿恵大統領が弾劾で更迭され、しかも左よりの新政権が樹立された。核とミサイル開発計画を着々と進めている北朝鮮は、迷惑な存在から脅威へと変化した。フィリピンではロドリゴ・ドゥテルテ大統領の下で、政府は反米親中へと舵を切り、米国との長年の同盟関係はもはやあてにならない。長い間、アジアの国際関係を治めてきたルールは、正常に機能しなくなり、領有権問題などが地域の軍拡競争に油を注いでいる。

 何よりアジアでは、中国が最大のリスク要因に浮上。しばしば残忍な手口での強権統治や毎年20万件もの大小さまざまな規模の抗議行動が起きている。

 これまで中国共産党は、国民の不満を封印してきたが、それは国家の経済発展による恩恵が非常に大きかったからだ。経済成長が陰りを見せると、社会不安は確実に増してくる。

 中国は市場指向型ではあるものの、未だ国有企業は15万5000社存在する国家資本主義の国だ。中国経済は中国石油天然気集団、移動体通信会社のチャイナモバイル(中国移動中心)、中国工商銀行といった国有企業に独占されている。全企業の収益の4割以上が国有企業とのデータもある。

 そして、中国の政治指導者は環境保護や健康問題より経済成長をはるかに優先したため、国土は破滅的なまでに汚染されている。

 民間企業を増やすために国有企業の数と規模を減らす必要があるが、中国政府はやる気がない。8600万人という世界最大の共産党員を抱える中国共産党の既得権益と化しているためだ。

 本書は単に「アジアの終り」を喜んでいるわけではない。むしろ、アジアの成功は優れた成果の一つには違いないが、アジアの活気あふれた大地に大きなひびや割れ目が巨大な陥没穴となる可能性を本書は指摘する。それを放置すれば間違いなく「アジアの世紀」はあっけなく終焉を迎えることへの警告の書であり、落とし穴に足を取られることなく本物の「アジアの世紀」を迎えて欲しいという励ましの書でもある。(徳間書店 本体2000円)

この記事のトップへ戻る