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国外逃亡図ったタイ前首相

政治安定化へ道開けた軍政

 タイのインラック前首相が国外逃亡を図った。現職時代の「職務怠慢の罪」で起訴され最高裁の判決が出る直前の逃亡だった。

 だが、タイの政界通は国軍があえて逃がしたと分析する。何よりインラック前首相の逃亡で、一番得をするのは軍政サイドだ。

 インラック氏はそもそも、軍政側から出国を制限を受け、常に厳しい監視下にあった。軍が意図的に見逃さない限り、国外へ出られるはずがないのだ。

 いわばタイ軍政は、インラック氏に逃げ道を開けたというのがもっぱらの見方だ。

 逃亡経路はタクシン元首相と仲のいいカンボジアのフン・セン首相を頼って、タイ東部から陸路、および海路でカンボジアに出国し、そこからタクシン元首相が逃亡拠点を持つシンガポールやドバイにまで行ったとされる。

 タイの政治風土は、窮鼠猫をかむような相手をとことん追い詰めることをしない。要は軍政の安泰を図れれば十分で、タクシン元首相が背後に控えるインラック陣営を血祭りにあげることが主眼ではない。

 そのためにもインラック氏逃亡は、タイ軍政にとって願ってもないことだった。タクシン派をまとめ上げる中心人物不在で、求心力を失ったタクシン派は糸の切れた凧の様に新たな政治空間を舞うしかなくなる。それこそが2014年5月のクーデター以来、軍政が求め続けた政治状況だった。

 何より10月には昨年死去したプミポン国王の葬儀があり、その前に静かな政治状況を整備しておく必要があった。葬儀には各国の要人が招かれ、秋篠宮殿下も参列する。タクシン派の赤シャツ軍団が、反政府運動の旗を振り国土を二分するような政治状況にだけはしたくなかった軍政の意向が強く働いた模様だ。

 インラック氏の動静は11月上旬現在、不明なままだが、軍の圧力を避けてドバイやシンガポールで国外生活を続ける兄・タクシン元首相(68)と合流したとみられる。

 最高裁はインラック氏への逮捕状を出し、保釈金を没収したものの出来レースだ。

 ただインラック氏は悲劇のヒロインのようにも見えるが、実は自らが招いた災難でもあった。

 インラック政権時代、タイ政府は農村保護を名目にコメ買い入れ制度を導入。大量のコメを市価のほぼ4割増しで購入するという無茶をした。政府はミャンマーなどから安く密輸されたコメをタイ人農家から購入する羽目になったり、生産されるコメの品質が落ちたりして著しくタイ米の国際競争力は低下。30 年近く維持してきたコメ輸出世界一の座から滑り落ちるなど、タイ経済に多大な損失を与えたのは事実だからだ。

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