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乗り鉄の政治風土記

新潟県魚沼

 コシヒカリの名産地・新潟県魚沼は豪雪地帯だ。冬、上越線で越後湯沢駅から越後川口駅あたりまで2メートルを優に超える雪に埋もれている。群馬県の水上駅あたりまで晴天で青空が広がっていても、谷川岳をトンネルで超えると、とたんに曇天だったりする日が多い。新潟県美人は水のおいしさや米どころというだけでなく、冬の日照時間の少なさが色白の美人を生み出した。

 長岡駅前の本屋を覗いて驚くのは、田中角栄関係の本が平積みにされていることだ。未だに田中角栄はこの地では神様扱いだ。

 その角栄は1948年10月、初当選で吉田茂の目に止まり法務政務次官になった。しかし、角栄は刎頚の友である入内島金一氏とともに、収賄容疑で逮捕された。石炭の管理法案が制定されるにあたり、石炭業者から100万円を受け取ったという容疑だった。

 この時に吉田茂は衆議院を解散。常識的には角栄の政治生命は終わったはずだった。だが角栄は拘置所の中で立候補を表明。保釈手続きをとって上越線に乗り、南魚沼の六日町駅に着いた。角栄は駅近くの旅館「越前屋」の前で「みなさん、新潟県と群馬県の境に三国峠があるでしょ。あれをダイナマイトで吹っとばすのです。そうすれば日本海の季節風は太平洋に吹き抜けて、越後に雪は降らなくなる。そうすればみんな雪で苦しむこともなくなる。出てきた土砂は日本海に運んで、埋め立てに使えば佐渡島とは陸続きになる」と豪語した。

 奇想天外な話に人々は呆れ返って笑った。だが今までの政治家にはない、壮大な夢を語る田中に住民は一票を投じ、この選挙で4万2536票を獲得、堂々2位の当選を果たした。逆境の嵐が吹く選挙で、田中は順位を先回より上げたのだ。

 角栄はこの選挙で、強い自信を持ったが、決して驕ることはなかった。こまめに集会を開いては、票田を耕すことを忘れることはなかった。

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