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名護市市長選、汗流した下地幹郎議員

賞味期限切れ翁長知事

 基地移設先として注目されていた2月4日の沖縄県名護市長選は、元名護市議で無所属新人の渡具知武豊氏(56)=自民、公明、維新推薦=が現職の稲嶺進氏(72)を押さえ込み当選した。

 米軍普天間基地(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画が争点で、渡具知氏は移設を進める政府・与党の全面支援を受けた。自民、公明与党だけでなく維新も応援団が駆けつけ陣営一丸となり翁長沖縄県知事が率いる「オール沖縄」の切り崩しの成果が出た格好だ。事実上、移設容認派の市長が8年ぶりに誕生した。名護市長は辺野古工事に関する権限を持っており、政府は今後、工事を加速させることになる。

 特筆されるべきは、日本維新の会・国会議員団政調会長の下地幹郎氏の活躍ぶりだ。開票日前まで入り浸り状態で応援に走り回った。

 その下地氏は「名護市では住民の61%が辺野古移転に反対していた。だから反対の人が自民、公明、維新推薦の渡と ぐち具知氏に入れたという面白い現象が起きた」と名護市長選を総括した。

 翁長知事の反対運動に、やり方が納得できない人がいるということだ。

 「だから、これで政府は辺野古移転が認められたと思うかもしれないけれど、実態は違う。これから難しい舵取りを迫られる覚悟が必要だ」と下地氏は「勝って兜の緒を締めよ」とばかり、心して辺野古問題を処理しないと地雷を踏むことになると警告する。

 渡具知氏は市議時代に辺野古移設を容認していたが、選挙戦では「国と県の裁判を注視する」と述べるにとどめていた。公明との選挙協力という事情から、「推進」「容認」という言葉は避け、司法の判断に任せるというスタンスを一貫して通した。前回は移設問題への深入りを避けて自主投票だった公明は今回、態度を明確にし渡具知氏を推薦した。支持母体の創価学会員の間でも「誰が市長になっても辺野古移設は止められない」という考えが主流となった。

 1996年に日米が普天間返還で合意して以降、名護市長選は6回目。今回は昨年4月に政府が辺野古の護岸工事に着手して以降、初めての市長選。秋の知事選の前哨戦とも位置付けられた。

 本格的な戦いはこれから始まる。これから石垣市長選があり、沖縄の各所で選挙が続く。何より沖縄県知事選が見込まれる11月こそが正念場だからだ。

 ただ、今回の名護市市長選で鮮明になったのは、翁長知事の賞味期限が切れたことだ。

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