トップページ >

沖縄銀行糾弾第三弾 本誌特報取材班

沖銀とサービサー 表の顔と裏の顔

 これまでたびたび、沖縄銀行のサービサー問題を糾弾するリポートを書いてきた。

 何も沖縄銀行が憎いわけでも、業務妨害したいわけでもない。

 地域共同体を1つの身体に例えれば、銀行は手足や臓器など各組織に栄養と酸素を供給する心臓に匹敵する。銀行が健康、健全であってこそ地域が活性化する。銀行が地域経済活性化のための最大のパワー源であることに誰も異論を唱えることはないだろう。

 銀行はまた地域経済の将来を担う公的責任を持った組織でもある。ところが公的意識を欠き、他人の犠牲の上に自己利益の増大のみを追求するような現実があるとすれば、早期の治療が必要となろう。

失われた20年

 1990年のバブル崩壊で、不動産価格が大暴落した時、銀行はすべからく膨大な不良債権を抱え込んだが、日銀からの援助により救済された経緯がある。経済の心臓部である銀行が壊滅すれば、日本経済の再生は不可能になるとの判断によるものに他ならない。

 この時、銀行は政府から補助金に代わる特別優遇策を受けた。預金金利はゼロに固定し、貸出金利の利ザヤを抜くことで銀行は、およそ年間総額5兆円規模の業務純益をあげることができたのだ。金融庁から銀行へ多額の補助金を渡したようなものだ。そのあとの20年間に銀行は100兆円もの不良債権を処理することができた。これが我が国の「失われた20年」と言われた実態だ。

 銀行はそのような恩恵を受 けていながら、自分の債権に関しては情け容赦なく、利息をつけ取り立てるのは納得できないと、以前記事にした。しかも自分の手を汚さず、サービサーという取り立て代行業者を使ってだ。沖縄銀行には表の顔と裏の顔があるということなのだろう。

儀間慶太氏所有ビルの不良債権化

 銀行とすれば競売とか差し押さえなどの業務はイメージが悪くなる仕事だ。それを避ける為にサービサーを立てて、やらせている。だからサービサーの取り立て業務は銀行よりひどくなりがちで、連帯保証人に対しても、情け容赦ない過酷な取り立てをする。

 銀行がサービサーに回収業務を任せる時には、債権譲渡をしなければならない。つまり、サービサーに債権を引き取ってもらうのだ(もちろん有償)。そうでなければサービサーは、回収行為ができない。

 不良債権化した沖縄那覇市の儀間氏所有ビルの扱いで沖縄銀行は、禁断の実を口にしたことも書いた 。同ビルは、儀間氏が沖縄銀行から金を借りて購入したものだ。

 同ビルが不良債権化したことから、沖縄銀行はサービサーに損金を出して安く売却するものの、サービサーは儀間氏の銀行への借金の元金だけでなく、更に金利と損害金まで氏に請求した。氏がそれを拒否するとサービサーは競売に出した。

 仕方なく儀間氏は競売を取り下げてもらい、元金と金利と損害金を支払い、知人に頼み込んで所有ビルを買ってもらった。無論、抵当権は全部外した。その折に儀間氏は抵当権者に負債を支払うことを約束して、抵当権を外すことを承諾してもらった。

 沖縄銀行が決算上、損金として処理してサービサーに安く売却したにも拘らず、サービサーは元金、金利、損害金までを債務者に請求するというのは異常であり、二重取りの不正を働いたことにもなるのではないか。

 このような事態が放置されていることを、沖縄銀行の上層部は知っているのだろうか?  監督官庁である金融庁は沖縄のサービサーのあり方を見直す必要があると考える。

特権の上に胡坐かくな

 沖縄は戦後27年間、米国に統治された歴史的背景があり、沖縄の経済を守るとの大義名分から地域金融機関に対する特権が認められている。具体的には本土の大手金融機関が入れないような政治的バリアに守られている。

 だが、そうした特権の延長線上に位置する沖縄銀行は特権に胡座をかくことなく、本来の公的な役割を遂行して欲しいと願う。まるで心肥大を起こしているかのようなエゴの塊のような手段はとってはならない。

 別途、債務者が銀行に連絡をとっても担当者が居ない、担当者が代わったとの理由で、連絡が全くとれないとの苦情が当方に寄せられてもいる。沖縄銀行が病むことはすなわち沖縄の経済が弱体化する、それだけは避けたいと願うばかりだ。

 金融庁に問い合わせるなど、志を共にする人達と今後の対応を検討している。

この記事のトップへ戻る