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銀行の貸し手責任を問う会事務局長 椎名麻紗枝弁護士に聞く

金融サービサー地獄を拡大させない

──「銀行の貸し手責任を問う会」を立ち上げて、すでに22年が経過した。

 私は、弁護士になりたての頃、医療過誤問題に取り組んだ。それから被爆者支援の運動をしてきた。

 金融問題をやることになったのはたまたまだ。私は数字に弱いから、金融は敬遠対象だった。

──それが、なぜ?

 持ち込まれた案件があまりにひどいものだったから、放っておけないと感じた。

 バブル期に、大銀行が「フリーローン」を使って個人への押し付け過剰融資を実行し、その結果、住む家を失う、自殺に追い込まれるなど、個人が食い物にされてきた。以後、一貫して被害者の救済・弁護活動に奔走している。

 A氏の場合、今までにないような事件だった。大手ゼネコンの第一下請けをやっていたA氏は、ゼネコンの汚職事件に絡んで刑務所から出てきた。

 A氏には十分な資産もあったし当初、不動産でも購入して、賃貸で悠々自適の生活を送ろうかと考えていた。資産の一部に、東京銀行に7億円ぐらいの無記名債権を持っていた。無記名債権というのは、名前が表に出ないので、政治的必要経費などの支払いなどに使っていた。

 それを解約しようと思ったら、東京銀行から「大事なお客さんに、さよならされるのはさびしいから」ということで、金を貸すと言ってきた。ただ、A氏は農家出身だし、借金などする気は毛頭無かった。それでも「いやいや今、金利は安いから借りない手はない」と銀行側は言ってきた。

 銀行が勧めたのは、株取引だった。6億円のワリトウ(割引長期信用債券)を担保にして借りた。そうすると瞬く間に、損をした。銀行側は「申し訳なかった」と謝まった上で今度は、不動産を担保にして26億円を借りることになった。

 それも全部、損してしまった。

 すると、銀行側は手のひらを返したように、「借りたものは返せ」と強引に取り立てにやってきた。

 まず要求してきたのは、担保に入っている自宅や田畑の売却だった。

 自宅は戦死したお父さんの形見のようなものだ。何より父がないまま、1人で育ててくれた母親が存命しており、その自宅に住んでいた。自宅売却は到底、できないということで、いろんなところに相談にいき、回りまわって私のところにきた案件だった。

 銀行が個人に金を貸すときには、返済原資と資金使途を厳密に調べた上でないと貸さない。

 だが大型フリーローンでは、不動産の担保さえあれば、いくらでも貸す。返済原資も資金使途は全くかまわない融資だ。

 だから、担保さえあれば、年金暮らしの人にだって、何十億円と貸す。300万円年収の人に3億円、4億円貸すケースだってまれではない。

 結局、バブルの時、そうした融資が100万件くらい積みあがっていた。それでバブル破裂で大変なことになった。一気に資産が吹き飛んで、返済できない人がたくさん出て、自宅を売らないといけない人も出てきた。

 A氏の場合は、そうしたケースのひどい部類だった。金融問題に取り組むようになったのは、それが端緒となった。

──バブル崩壊は日本の金融を変質させてしまった?

 バブル崩壊後、出てきた金融サービサーというのは、聞こえはいいが実態は、不良債権をビジネスにしている会社だ。つまり、金融機関から安値で不良債権を買い取って、債務者とりわけ、その連帯保証人から強引に債権を回収することを業にしている。

 一般の人から見れば、金融機関が回収を諦めた不良債権がビジネスになるとは考えにくいが、実は、不良債権ビジネスは非常にうまみのある商売だ。

 その端的な例をあげれば、不良債権回収の総本山とも言える整理回収機構は、無担保債権を表向きの債権額にかかわらず、一律1000円で6000件買い取って、112億円を回収している。

 元手600万円で、112億円ももうけられる商売は、日本のどこにもないのではないか。

 当会は、金融サービサーの取立ての実態を知る立場から、これ以上の金融サービサー地獄を拡大しないために、サービサー法の対象債権の拡大に反対している。

 また、「債務者等の利益の保護」の明文化も、金融サービサーに対する社会の批判を回避するためであれば、ほとんど意味がない。本当に債務者等の利益の保護を考えるのであれば、金融サービサーの回収について具体的な規制を設ける必要がある。


【プロフィール】

しいなまさえ

 1942年、茨城県生まれ。1964年、中央大法学部卒、同年司法試験合格。一般民事をはじめ、医療過誤、被爆者問題、薬害エイズ・HIV訴訟、金融問題など幅広く活躍。著書に「原爆犯罪」「離婚・再婚と子ども」「100万人を破滅させた大銀行の犯罪」「無法回収」など多数。

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