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書 評

「大西郷遺訓」 西郷隆盛 著

今に通じる人生訓

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 西郷隆盛は著作を残さなかった。本書は、西郷の語録を集めた元庄内藩士が、明治23年に出したもの。明治10年の西南戦争で国賊とされ、名誉を回復したのは22年、明治憲法発布に伴う大赦による。

 幕府譜代の庄内藩は幕末、江戸薩摩屋敷を焼き打ちし、戊辰戦争では秋田方面で薩軍に大打撃を与えたことから、鶴岡城の落城では厳罰を覚悟していた。ところが、予想外に寛大で、それを命じたのが西郷だと知り、明治3年に旧藩士70余人が鹿児島に留学、西郷の教えを受けた。その折、彼らが記録した言葉が「遺訓」である。

 その後、何度も刊行され、本書は昭和49年に林房雄が意訳・解釈したもの。再版に当たり、鹿児島の近代史家・原口泉が解説している。

 「廟堂に立ちて大政を為すは天道を行なうものなれば、些少なりとも私を挟みては済まぬものなり」──維新後、西郷が中央に職を求めず、帰郷したのは、こうした信念と謙譲心から。大久保利通、木戸孝允の懇請で明治4年に再上京したのは、廃藩置県の大難局に当たるため。その後、政府首脳が遣欧使節として外遊した間に、徴兵制や学制を制定し国の基礎を固めた。

 好んで揮毫した「敬天愛人」は西郷の根本思想。儒学と国学の発想で、薩摩藩士には平田篤胤の門人が多かった。「人を相手にせず、天を相手にせよ」は、天を相手に最善を尽くし、認められなくとも、人をとがめず、自らの足りなさを反省せよ、と続く。今にも通じる人生訓だ。(中公クラシックス 本体1600円+税)


「猫はこうして地球を征服した」 アビゲイル・タッカー 著 西田美緒子 訳

新たな百獣の王を活写

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 かつてジャングルの王だったライオンは、今では支配するものを何も持たない。アフリカのいくつかの自然保護区とインドのたった1つの森にすがりつくようにして、わずか2万頭が人間の保護資金と慈悲に頼って生き残っているだけだ。

 その生息地は年を追うごとに狭まり、生物学者は今世紀末までに消滅するかもしれないと危惧している。

 一方、かつて進化の補足説明役でしかなかった小さくて生意気なライオンのいとこたちが、今では自然の一大勢力となった。世界のイエネコの個体数は6億匹を超え、さらに増えている。全世界のイエネコは、人間の愛情を二分するライバルの犬の数を超え、最大3倍にまで達しており、その差は広がっていく趨勢にある。

 ネコは街や大陸だけでなく、サイバースペースまで掌握してしまった。ネコは毛皮をきた赤ん坊ではでなく、今ではさまざま面で、私達を支配する新たな百獣の王の座を手中におさめたといっていい存在だ。

 犬をかいたい人がペットショップにまで足を運ばないといけないのと対照的に、猫はある日の夕方、ひょっこり、裏口に現れ、そのまま家の奥にまで入り込むことが多い。

 いわば専門店で客を待つ犬と、訪問販売を手がけるネコの営業能力の高さの違いこそは、人類のペット数の違いとなって現れる。

 本書を読むと、ぶらっと家に立ち寄った迷いネコにえさをやるべきか、永遠に心を鬼にすべきか、しばらく考えてしまう。(インターシフト 本体2200円+税)


「縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか」 大島直行 著

穴を子宮と見た再生信仰

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 医学者で考古学者の著者が、シンボリズムとレトリックで縄文人の世界観を読み解いている。前著『月と蛇と縄文人』では、不死性の蛇、生理とリンクして満ち欠ける月、そして子宮を手掛かりに縄文人の心性を描いてみせた。

 著者の説はドイツの日本学者ネリー・ナウマンの研究を発展させたもの。彼女が参照したユング、カッシーラー、エリアーデなどの学説を紹介しながら、心理学、哲学、民俗学、宗教学に視野を広げる。シンボリズムは農耕以前の人類に共通し、ユングの集合的無意識に近い。縄文人に霊や他界、家族という概念はなく、再生のシンボルを探し、作り続けていた。

 結論は、墓は死者の「とむらい=死」のためではなく、「よみがえり=再生」の場所で、女性の「子宮」に見立てたもの。死はなく、生のエネルギーだけがある。墓の形は竪穴住居の類似で、丸い住居や縄文土器は子宮を、縄の網目模様は蛇を意味する。

 縄文人は死に「恐怖」ではなく「畏敬」を感じていた。死が怖くなったのは、物理的に死を理解し、生き返らないことを知ったからだという。「あの世」は死の不安を解消するために作られた観念で、仏教の輪廻転生、儒教の招魂再生、道教の不老不死もそのための知恵。

 環状集落の中央に墓を設けた縄文人に死の恐怖はない。生命の源を知っていた彼らは、「穴」でよみがえると信じていた。もともと人間の脳には、死を恐れない心性がプログラミングされていたのだろう。(国書刊行会 本体2200円+税)


「海の地政学」 平林博 著

秩序は常に守り手が存在

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 2000年来、歴史上の大国はほとんどシーパワー(海上権力)を掌握してきた。

 ローマは北アフリカに大艦隊を送り込み、紀元前146年にカルタゴを壊滅させた。最終的にシチリア島を手に入れ、イベリア半島の豊かな原材料、さらには北アフリカの陸地と今のチュニジアの穀倉地帯をローマにもたらしたのは、地中海の制覇だった。ローマ海軍は、その過程で海賊や海のならず者国家を一掃し、地中海を支配するインフラと自信を手に入れた。

 その地中海こそは文明のゆりかごだった。いくつもの国家が誕生し、おそろしいほどの力で舞台の中央に進み、最終的な栄光を手にした。

 現在の地中海は紛争の海に逆戻りしつつある。ロシアが再び台頭し始め、特に黒海と地中海東部で積極的行動を見せている。シリアから追い出されたイスラム国が地中海周辺で起こすテロも危惧される。キプロス周辺の海底には、天然資源や石油が豊富なため、地中海東部のすべての国による領有権争いが始まっている。NATO加盟国のギリシャやトルコは、美しいエーゲ海諸島をめぐって争っている。地中海に属する黒海ではロシア、ジョージア、ウクライナの紛争が続く。

 秩序には常に守り手が存在する。世界の秩序は誰かによって守られていることを忘れてはならない。日本もその秩序に恩恵を受けている以上、それに貢献する義務がある。

 マハンのシーパワー論を待つまでもなく、それを土台に米国が支えている国際政治の「秩序」は、全世界の国々によって自発的に支えられるべき「世界公共財」(グローバル・コモンズ)でもある。

 海洋地政学の父であるマハンは、公海の航行や通過の権利、国連海洋法条約の重要性を語る。世界貿易の95%は海を経由する。運送量の多さと運賃の廉価性が海上輸送の魅力だ。海洋での商品の自由な移動は、自由経済にとって重要不可欠となっている。

 一方、中国は人工島を建設し、南シナ海の多くの海域に対して「歴史的権益」を主張する。こうしたグローバル・コモンズを窒息させるような試みには対抗しなくてはならない。とりわけ懸念されるのが、インド洋でのリスクだ。本書では将来、インド洋の安全を担う第8艦隊の配備を米海軍は検討すべきかもしれないと説く。現在は第7艦隊が西太平洋とインド洋の双方に責任を持っている。

 わが国も今世紀に繁栄し続け主導的立場を維持するつもりなら、一貫した国家戦略が必要となる。(早川書房 本体2200円+税)


「なぜ、地形と地理がわかると世界史がこんなに面白くなるのか」 世界平和研究所 編

地理的座標軸で歴史を深読み

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 愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶという。

 その歴史は地形と地理を座標軸にすえてじっくり知ることで、知的地平線はぐっと広がる。

 とりわけ本書で興味をそそるのは、人類の移動力の源泉を的確に指摘している箇所だ。

 人類大移動は、人口増と並び食量不足が原因であることが多い。

 バイキングが誕生したスカンジナビア半島は耕地が少なく、しかも寒冷地で小麦がとれないという過酷な環境にあった。だから人口が増えだすと南方に侵略の手を伸ばし、外海に活路を求める以外、生き延びる手段がなかったというのが現実だった。

 ただスカンジナビア半島は農産物の生産には適さなかったが、フィヨルドが多く港が作りやすかった。また、後背地の森から木を切り出すことで造船業も栄えた。バイキングはこうした環境と北海という荒海の中で航海技術を磨き、11世紀後半には地中海に進出。南イタリアとシチリアに両シチリア王国も建設した。

 一方、ポルトガルがダイナミックに海に出て行ったのは、レコンキスタ(国土回復運動)と無縁ではなかった。イスラムに征服されたイベリア半島の回復で、ポルトガルはイスラム駆逐に成功し、王国を回復させる。しかし、小国ポルトガルに領土的経済的に余裕なく、レコンキスタで功績のあった貴族に見返りがなかった。

 そこで、ポルトガル人の関心は海に向き、大航海時代の幕開けとなったというわけだ。大航海で陶磁器や絹、香辛料と魅力的な商品を有するアジアとの交易で、富は海外から獲得したのだ。(洋泉社 本体860円+税)

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