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回顧録⑰

「濡衣塚」に冤罪の非情を思う

日本経営者同友会会長 下地常雄

 福岡市博多区千代の国道3号沿いに「─濡衣(ぬれぎぬ)塚」がある。

 塚は、奈良時代に継母から無実の罪を着せられ亡くなった筑前国司・佐野近世の娘を供養した墓とされる。この伝承が、無実の罪を示す「─濡(ぬ)れ衣」の語源になったともいわれ、今も地元住民がその墓を大切に守っている。

悔恨の涙

 なぜ無実の罪を「濡れ衣」と言うのかというと、以下のいわれがある。

 筑前国司として赴任してきた近世には、春姫という美しい娘がいてたいそう可愛がっていた。近世があまりにも春姫を可愛がるので、嫉妬した継母が春姫に嫌がらせを行った。詳細はこうだ。

 ある日、近世のもとに「釣り衣を春姫に盗まれた」と言う漁師が現れる。これを真に受けた近世が春姫の部屋を覗くと、そこには濡れた衣を引いて眠る春姫の姿があった。それを見て逆上した近世は、怒りに任せ春姫をその場で斬り殺してしまう。

 その翌年、近世の夢枕に春姫が現れ歌を詠む。

 「濡れ衣の 袖より伝う涙こそ 無き名を流すためしなりけれ」

 この歌を聞いた近世は「娘は無実だった」と悟る。近世は悔恨の涙を流して姫を供養するため自分の罪を悔い出家する。

 この故事から、無実の罪をかぶる事を「濡れ衣」と呼ぶようになったとされる。

 故事ゆえに多少、脚色のある話かもしれない。だが古来、白州の上の裁きでも、大岡越前ばかりがいたわけではない。

後絶たぬ冤罪

 歴史上、どれだけ無辜(むこ)の命が奪われ、罪なき人々がいわれなき汚名の中で恥を忍びつつ生きたか計り知れない。

 現在も、そうした冤罪事件が後を絶たない。

 4年前には袴田事件で、静岡地裁が再審開始と、死刑及び拘置の執行停止を決定した。元ボクサーの袴田巌死刑囚は東京拘置所から釈放されたが、やるせないのはすでに袴田氏は心の病を抱えていたことだ。

 痴漢冤罪も少なからず存在する。

 知人の中には、始めから痴漢の疑いをもたれないよう「満員電車の中では、必ず両手を上げている」という人もいる。

 痴漢は被害者だけの証言で逮捕、起訴されることもあり、有罪の可能性も極めて高い。なお、フォーク歌手の小室等さん(74)の呼びかけで、冤罪に苦しむ人たちを歌で応援する「冤罪音楽プロジェクト イノセンス」が始まっている。歌は詩人の谷川俊太郎さん(85)が作詞し、小室さんが作曲したものだ。

 イノセンスは英語で「潔白」の意味。小室さんは「証拠がもろいのに有罪にされてしまうのはおかしい」との思いからプロジェクトを始めた。

 曲名は「真実・事実・現実 あることないこと」。「ほんとをうそにするのはコトバ うそをほんとにするのもコトバ」という歌詞で始まり、冤罪の理不尽さを訴えながら最後は「うそのすがおは やみのなか」と全員の合唱で締めくくられる。

怖いのは偏見と予断

 冤罪事件には、ある程度の共通性があると指摘されている。「別件逮捕」から「拷問・脅迫を伴った自白強要」へ、さらに「証拠─捏造(ねつぞう)」がそうだ。

 それ以上に怖いのは、偏見と捜査側のもつ予断だ。それらが結合した時に冤罪が生み出されやすい。

 ただ冤罪が証明され、無辜の罪で意味のない刑に服することから解放された人が周囲から「大変だったけど、よかったね」と祝福されるのは当然だけど、私は話がそれで終わってはいけない気がしてならない。

 事件を起こした本当の犯人が、息をひそめて暮らしているからだ。

 被害者遺族の気持ちを思えば、真犯人を一日も早く捕縛し、事件の真相を解明してほしいと心底、思う。その意味でも、地道で誠実な捜査によって事件解決につながることを期待したい。


【プロフィール】

しもじ みきお

 沖縄出身で歴代米大統領に最も接近した国際人。1944年沖縄宮古島生まれ。77年に日本経営者同友会設立。93年ASEAN協会代表理事に就任。レーガン大統領からオバマ大統領までの米国歴代大統領やブータン王国首相、北マリアナ諸島サイパン知事やテニアン市長などとも親交が深い沖縄出身の国際人。テニアン経営顧問、レーガン大統領記念館の国際委員も務める。また、2009年モンゴル政府から友好勲章(ナイラムダルメダル)を受章。東南アジア諸国の首脳とも幅広い人脈を持ち活躍している。

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