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2015.01.25

谷垣〝総理〟への秘めた思い

自民党の総裁経験者で総理になれなかったのは、河野洋平氏と谷垣禎一氏の二人だろう。ともに野党時代の総裁だったため、総理ポストに手が届かなかったわけだ。

 ところが、谷垣氏が昨年9月の内閣改造・党役員人事で幹事長として復活。再び党を取り仕切ることになったのである。安倍首相にも、消費税再増税延期という思惑があって増税派の急先鋒谷垣氏を起用した背景があるが、谷垣氏にとっても総裁・総理へ再浮上する機会を与えられたという利点があった。

 記者が9月の「総裁選への思い」について質問したのに対して谷垣幹事長は「あまり先のことばかり考えていても前のめりになり過ぎますからね」とかわす一方で、「着実な歩みがあっての総裁選と、それがない総裁選とでは全然違います。一歩一歩物事を進めていく努力が必要だということではないでしょうか」と語った。これは、総裁選出馬を明言はしていないが、否定していない含みのある回答である。

 ポスト安倍の最有力候補とされる石破茂地方創生担当相は、早くも総裁選出馬を否定している。安保法制に関する国会論戦でつまづくなど先行き黄信号がともり出し安倍政権に対する支持率が降下するなど政治情勢の変化が起きると、谷垣氏へのマスコミの注目度は上がろう。「今は辛抱、首相に仕えるだけ」と自らに言い聞かせつつ、総理への秘めた思いを温めているに違いない。

2015.01.25

資格ない民主の危機管理批判

 岡田克也民主党代表代行が、官邸の危機管理を批判している。総選挙の期間中、菅義偉官房長官が記者会見を1回しかせず官房副長官に8回も任せ、総理と官房長官ともに選挙応援に奔走していたことに「この国の危機管理は大丈夫か」と感じたというわけだ。その上で総理と官房長官に「猛省を求めたい」と迫っていた。

 そこで思い出されるのが、岡田氏も言及した民主党政権時の藤村修官房長官(当時)が、北朝鮮によるミサイル発射予告への対応でほとんど官邸に留まっていたときのことである。

 約2年前の衆院選に突入していた当時の状況は、藤村氏不利の選挙情勢であったにもかかわらず地元入りできなかった。そこで、全国を飛び回っていた野田佳彦首相(当時)が1日だけ東京に残り、初めて大阪に入れた時に藤村氏は「さっさと月曜日(10日)に打ち上げてくれるといい」と発言したことで、火がついたのだ。

 政府は関係国と連携して北朝鮮に打ち上げ自制を強く求めていたにもかかわらず、早く打ち上げてくれれば自分の選挙に投入できると思ったからだ。安倍晋三氏は「ミサイルが日本に着弾したら日本人の命が危ない。そんな発言をする官房長官には直ちに辞めてもらいたい」と攻撃した。

 要するに、官邸に総理あるいは官房長官が留まりさえすれば危機管理に対応できる、というのは間違いだ。そこにいる人間が、国家の安全保障にしっかり対応できるのか否か。その能力が問われるのである。民主党こそ猛省したのか問いたい。

2015.01.25

「秘密法」で記者と国民に乖離

特定秘密保護法の成立をめぐっては、国民の知る権利、取材・報道の自由が阻害されると、一部マスコミはまるで暗黒社会が到来するがごとくの反対キャンペーンを行った。それは昨年末の衆院選挙期間中も続いた。

 12月9日の法相記者会見は、翌日に同法の施行を控え、また衆院選挙投票日(同14日)直前ということも重なり、記者の質問はこの問題に集中した。しかし、選挙結果は与党の圧勝。衆院選さ中の施行となったのだから、それほどの悪法ならば与党に強い逆風となるはずだったが、そうはならなかったのは、一部マスコミや記者と有権者の間に問題意識の乖離があるからだ。国民の知る権利が侵されないように、マスコミが権力を監視するのは当然だが、民主主義が根付いた国の有権者の関心事はもはやそこを超えている。

 たとえ同盟関係にあったとしても、スパイ防止法をはじめとした情報漏れ対策の仕組みが十分整っていない国と軍事・防衛情報の提供・共有を行う国はない。ましてや、東アジアにおける安全保障環境は厳しさを増している。同法の成立には国際的な要請があったのだ。

 「特定秘密の対象が政府の意のままに拡大する恐れがある」と、本質を見ないで重箱の隅を突っつくような質問ばかり続ける記者に、緊迫する国際情勢に対する認識の甘さが感じられる。むしろ国民のほうが現実を直視しているのである。

2015.01.25

ソツが無いが記事にもならない外相発言

 戦後70年を今年迎え、留任会見では、新たにどのようなメッセージが出されるかに質問が集中した。

 だが、「70周年に向けてどういう方向性のメッセージを打ち出すのか、岸田大臣カラーというものをどのように発揮するのか」と聞かれても「先の大戦の反省と戦後の平和国家の歩み」、「国際協調」といった無難な単語を並べるだけで岸田カラーはまったく感じられない。

 歴史認識にも「歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」とし、どのような場を通じて、メッセージを発信していくかについては、「あらゆる機会を捉えていかなければいけない」と判で押したような答弁だ。

 日中首脳会談はようやく昨年末、実現にこぎつけたが、今年は日韓国交正常化50周年を迎えるため、日韓首脳会談をどう実現するかが焦点だ。

 その点に関しても、従来通り「対話のドアは絶えずオープンだ」と繰り返し、具体的な外交日程については、決まっていないとの一点張りである。

 50年前、安倍首相の祖父、岸信介の弟、佐藤栄作首相と、朴槿惠大統領の父、朴正煕大統領との間で結ばれ国交樹立をもたらした日韓基本条約が締結された。朴大統領はフランス留学の経験があり、1972年、ブラント独首相がポーランドの無名戦士の墓の前で献花の後、膝まづいて祈ったことで、東西欧州の冷戦の雪解けが大きく始まったとの印象を強く持っている。

 その如くやるかは別として、単にドアは開いている、という文言を繰り返していても始まらない。外相として先方が評価する外交的アプローチを模索すべきであり、ソツがないだけでは、何の外交的シグナルの発信にもならない。(亀)

2015.01.25

在任期間の長さより政策のテンポ

下村博文文科相は、この日の記者会見で在任期間の長さをアピールした。この日は、総選挙を経て再度、政権を担当することになった安倍晋三首相が、全閣僚の留任を発表したのを受けての会見となった。

 下村文科相は、第3次安倍政権下での教育施策、文化行政、スポーツ、科学技術に向けた決意を聞かれ「中教審の場でも申し上げたのですが、来年の(総裁任期が切れる)9月までやるとすれば約3年になる」と指摘した。

 そのうえで、以前の民主党政権の時には、3年間で文科相が5人代わっていると述べ、「それほど大臣が代われば、それぞれが意欲があっても、改革が進むわけがないし落ち着いた政策論議も深堀りもできない」と論評。

 この3年間、文科相を続けることで「歴史を作り、歴史を変える、文部科学行政をやり遂げていきたい」と決意を表明した。

 だが、この会見で中心テーマとなった貧困・虐待による消息不明児の増加は、NHKが報道する以前から指摘されてきた問題だった。

 また、自身の散歩経験の中で、ホームレスが増加しているという具体的印象を持ちながらも、福島で児童養護施設を視察した際、ようやく、その種の虐待、貧困による被害児の増加と、ホームレスが目に付くようになった関係に思いがいった、と述べている状況だ。

 在任期間が長くても、洞察力が乏しかったり政策推進のテンポが遅ければ、大臣が短期で代わるのとあまり違いはない。それを自覚して、困難な状況下にある児童の健全育成に努めてもらいたいものである。(石)

 その如くやるかは別として、単にドアは開いている、という文言を繰り返していても始まらない。外相として先方が評価する外交的アプローチを模索すべきであり、ソツがないだけでは、何の外交的シグナルの発信にもならない。(亀)