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2016.09.21

二階幹事長の最初のハードル

自民党の二階俊博幹事長が9月2日に、都内の料理店で渡部恒三元衆院副議長と会食した。渡部氏は田中角栄元首相が率いた田中派の大先輩で、「田中角栄幹事長以来の幹事長だ」と二階氏を持ち上げて激励した。

二階氏は自民党分裂の際、小沢一郎氏に付いていきながら目を合わせない間柄となり、同じく小沢氏と決別した熊谷弘氏らと保守新党を結党したが、その後、自民党に復党した。谷垣禎一氏のまさかの事故で、事実上、党のトップに躍り出たわけだ。

二階氏の〝特技〟は朴訥な語り口の一方、機を見るに敏であること。消費増税の先送りでは安倍首相の思いを汲んで先送りの提言をし、昨年の総裁選前には安倍再選を唱え、最近では総裁任期の3期9年への延長を早々と唱えた。安倍氏にとっては、あり難い助太刀だ。77歳でまさか総裁を狙う野心があるとも思えない。

記者会見では総裁任期延長論について、二階氏は「3期9年や制限そのものを撤廃するといった案が出ているが」との質問に対して「そういう意見が党内にもあった。この段階へきて私がどうすればいいなどということを申し上げるのは適当ではない。これは万機公論に決すべしだ」ととぼけてみせたが、年内決着を図り、来年1月の党大会での発表に持ち込みたいのは明らかだ。

ただ、それに待ったをかける人物が党総務会の一員になった。石破茂前地方創生担当相だ。石破氏は、延長反対を公言しており、全員一致の総務会で果たして「延長」をまとめ上げられるのか。細田博之新総務会長とともに、二階氏が乗り越えなければならない最初のハードルとなろう。

2016.09.21

「押し付け憲法」撤回は難しい

民進党の岡田克也代表は以前に、「安倍政権の下では改憲論議をしない」と述べていたのだが、参院選後、徐々に軟化し、改憲論議を始める前提さえクリアされれば論議をしても構わないと発言するようになった。当時の自民党の稲田朋美政調会長が「ずいぶんブレられたのですね」と皮肉ったが、真面目ながらも軸のない岡田氏らしさの表れとも言えよう。

その前提とは、安倍首相が現行憲法は押し付けられた憲法だという発言を間違いでしたと修正することだと言うのだ。だが、現行憲法は明らかに米国に押し付けられたものなので、安倍首相が取り消すはずはない。この一点にこだわり続けるなら岡田氏自身がよく勉強し直して修正するしかない。

岡田氏は記者会見で「憲法の草案を(誰が)書いたかどうかよりも、それが日本国憲法になったプロセス、あるいはその後70年間、日本国憲法を日本国民が育んできたという事実の方がずっと重要なことだと思っている」と語ったが、誰が書き、それをどういうプロセスで制定したかという点が根本的に重要なことのはずだ。

それについて、米国のバイデン副大統領が「日本が核保有国になれない憲法を私たちが書いた」と発言した。米大統領選の最中とはいえ、重要な発言であることは間違いない。岡田氏は「この(バイデン)発言には分からないところがある。日本国憲法の条文をきちんと踏まえた発言ではない。副大統領として不適切な発言だ」と批判したが、誰が書いたのかをまず押さえておく必要がある。

岡田氏はまた、プロセスを問題視したがこれまた米国主導であったのが歴史的事実だ。マッカーサー元帥が「2月12日のリンカーンの誕生日までに憲法草案をつくれ」と厳命して作らせ、ジョージ・ワシントンの誕生日の2月22日に閣議決定し、草案を決定したのだ。日本の国会で議論したのも日本人に作らせたという一種のアリバイ工作のようなもの。

国会で議論したといっても、目立ったのは日本共産党が「憲法第2章(9条)は、わが国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある」などとして反対討論を行った程度である。

つまり、現行憲法は主権が制限されていた占領期間中に作られたので、独立国の持つ憲法の体裁をなしていないのである。

岡田氏は9月15日に、代表のポストを降りるが、憲法の勉強を深めてみてはどうか。

2016.09.21

夫婦同姓の価値説け

最高裁は昨年末、民法の夫婦同姓規定をめぐる訴訟で、同規定に「合憲」の判断を示した。その理由は①1898年に制度として採用された夫婦同姓はわが国の社会に定着している② 家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位であり、その呼称を一つに定めることには合理性がある③家族の一員であることを対外的に示し、子供が両親と同じ姓である仕組みに意義がある④旧姓を通称として使用することは社会に広まっているので、姓を変える不利益は緩和されている、というものだ。

特に、この判決で注目されるのは、「家族の多様性」という、新聞・テレビが拡散させる風潮に影響されることなく、社会の基礎的な集団単位としての家族一体性の示すものとして、夫婦と子供が同性である意義を積極的に認めたことだ。

英国の保守主義思想家として知られるT・S・エリオットが指摘したように、家族がその役割を果たさなくなったら、文化の衰退を招くのは間違いない。最高裁の多数の判事はそれと同じ認識を示したと言える。し たがって「国民の間にも様々な意見がある」などと紋切り型の発言を行っているようでは、法相の重責を自覚しているとは言えない。社会の永続的で安定した発展を担保するため、最高裁と認識を共有し、夫婦と子供が同姓を名乗ることの意義を積極的に訴えることこそが法相の責務であろう。